番外編6「100円玉がない」第3話(全4話)
本編に描かれていないところで、壮馬は兄貴夫婦に苦労させられていることが判明。(今回の文章量:文庫ほぼ見開き)
「わたしは壮馬さんの教育係として、今日一日、参拝者さまとのお金のやり取りをきちんと見ていました。受け渡しのミスはなかったはず。わたしだって、そんなミスをするはずがない。やはり、どこかに落ちているとしか考えられません」
雫はそう言うと、しゃがみこんで100円玉をさがし始めた。大きな瞳は、食い入るように床を見つめている。
でも「ミスはなかったはず」という前提を疑ってほしい。
横浜の元町にある関係上、うちの神社は観光客が多い。特に今日は、外国人観光客ツアーが立て続けに訪れ、お守りやお札を求める彼らの応対で忙しかった。いくら雫でも、釣り銭の受け渡しを間違えたとしても不思議はない。俺の面倒を見ながらだったのなら、なおさらだ。
なんとか、それをわかってもらわなくては。
兄貴が「もう今日は終わりでいいよ」と強く言えば、雫も従うはずだった。兄貴だってそれがわかっていただろうに、夕拝が終わってラフなシャツとジーンズに着替えるなり、琴子さんと出かけてしまったのだ。
「今日は僕と琴子さんの記念日なんだ。雫ちゃんと100円をさがしてね」なんて言っていたが、なんの記念日なのだか。だいたい兄貴と琴子さんは「初めて会った記念日」「一緒にフランス料理を食べに行った記念日」など、記念日が多すぎるのだ。この前なんて「琴子さんに壮馬を紹介した記念日」と称して朝から二人きりで出かけたし。そのくせ、俺たちの仕事が終わるころにはきっちり帰ってくるんだからな。俺と雫をくっつけたいのか、くっつけたくないのか……って、いまはそれどころじゃない。
とにかく立たせようと、雫に手を伸ばした瞬間に気づいた。
雫の後ろ姿。白衣と緋袴の間に、なにかが挟まっている。
よく見るまでもなく、100円玉だった。
なにかの弾みで挟まってたんだ! 気づかないでさがし回ってたなんて、コントみたいだな!!
思わず笑いながら口を開く直前、雫は厳しい声で言った。
「やっぱり、わたしのミスだったのでしょうか。気が緩んでるのかもしれませんね。もっと緊張感を持って生活しないと」
息を呑んだ。この子は「箸が転んでもおかしい年頃」の対極にいるのだ。「白衣と緋袴の間に挟まってました」と言っても、俺と違って笑うはずがない。
気づかなかった自分を責め、猛省し、食事どころではなくなる。
なんとかして雫の目をごまかし、100円玉を木箱に戻さなくては。
でないと、俺は永久に雫と夕飯を食べられない!
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