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はじめての熱と夜中のタクシー

※この記事には熱性痙攣の症状を記録したものが含まれます。当時、慌てたなぁと思ったので日記にしました。

きっと、もう一度起きても大丈夫。


2022.6.27
朝、娘(まる)を保育園に送り、仕事場に到着した。
上司と雑談をしていて子育ての話になる。
「うちは2人居るんだけど、風邪や熱やら大変だよ。ドナさんのとこはどう?」
「うちの娘は1歳半になるんですが、まだ熱も出したことなくてタフなんですよね。」

保育園に入るともれなく色んなウイルスを持って帰ってきて、ひっきりなしに風邪をひくと聞いていたが、4月から通い始めたまるは不思議なことに元気だ。
なんとはなしに振られたこの話で、フラグが立ったような気がした。
そんなことはすっかり忘れて、仕事が終わる30分前。
夕飯どうしようかな、と気を抜いていたところに電話を持ったスタッフが話かけてきた。
「ドナさん、保育園から電話です。」
ピンときた。
体調不良の呼び出しだろうか。
そういえば今朝検温では問題なかったけど、抱っこのとき顔を胸に埋めて登園を渋っていたっけ。
「はい、お電話変わりました。まるの母です。」
「まるちゃん、お熱が38°出ています。お迎えをお願いできますか。」
フラグ回収になってしまった。
上司に了解を得て返信する。
「すぐに向かいます。今日は勤務地がいつもと違うので、1時間弱かかってしまうかもしれません。」
気もそぞろに、明日のお休みをもらい電車に乗った。

保育園に到着し教室へ向かうと、元気に駆け寄ってきたが、しがみついてきた小さな体は熱かった。
病院はもう間に合わなかったので明日の予約を取り、夫(ヒデさん)に連絡を入れた。
こんなとき頼りになるのは、実家にいる母や、子育て経験者の姉だった。
アドバイスを聞き、子ども用のイオン水や冷えピタ、飲みやすいジュレ、バニラアイスなど用意した。
今のところ食欲はある。

2022.6.28
診察の予約時間の9時に間に合うように、早めに家を出た。
今日の東京は最高気温35℃を超えるそうだ。
午前中でも日影が有り難かった。
かかりつけだった徒歩5分の小児科が閉院してしまったので、今回は初めての病院だった。
バスの中でweb問診票を送信。予防接種の細かい回数や種類を記入する。

やっかいなのがコロナウイルスだ。
体温が37.5°を超える場合は発熱外来になる為、電話かwebで事前予約し、他の患者さんとは別の場所で待機しなければならない。
大人一人なら多少の無理はきくが、子連れの待合は、ご機嫌と体力の時間制限付きだ。

病院に着いた後、ビルの裏口から入るように指示があった。
クーラーが効かない廊下で検査をし、送風機を当てられながらしばらく待った。
凍らした麦茶を保冷剤代わりに持ってきていて良かった。
じっとしてられなくてぐずり始めた娘に、ジュレを飲ませて誤魔化していたら診察室へと声がかかった。

恰幅のいいクマのような先生が診始めた途端、まるは火が着いたように顔を真っ赤にして泣き始めた。
意気が良く跳ねている体は12kgになる。
落ち着かせるにはなかなかに力がいる。
「うん、抗原検査も陰性ですし、風邪ですね。
お薬を出すので様子を見てみて下さい。」
シロップと座薬を出してもらい、ひとまず診察は終わった。
「頑張ったね。帰りにガチャガチャして帰ってね。」
“森のくまさん”が貝殻のイヤリングを手渡すように、先生はメダルをくれた。
「何それよく分からん。もう嫌だー!」
と、言いたげな顔で泣き続けているまるを抱っこ紐に収め、お礼を言って足早に撤収する。
にこにこした優しい先生の対応に、私の方が回復した。
1人で育児をしているときのあるある「大人と喋ると安心する」ってこういうことなんだなぁ。

一歩外へ出ると、容赦なく照りつける日差しが私と娘を刺す。
日傘を広げてこれからの帰路を呪った。


家に帰ってごはんの後、薬を飲ませてお昼寝だ。
まるも頑張ったなぁ。
やっと腰を下ろし、ほっとした束の間、泣き始めて起きた。
体が寝ている間にかなり熱くなっていたのだ。
嫌がっても保冷剤でクーリングしてあげれば良かった。

本当に初めての事は予測出来ない。
解熱剤を飲んだにも関わらず、体温は40°まで一気に上がってしまって、どんどんと泣き方が酷くなっていった。
私の対応がいけなかったのか。
娘のそばに私しか居ないのが自分でも頼りなく感じた。
そんな事言ってられない、しっかりしなければ。
慌てて服を肌着にさせ、送風を当てながら部屋の温度もさらに下げる。
しだいにいつもとは違う異常な泣き方になり、両腕をだらんと落とし、力が入らないのかお座りさえ出来ず、コロンと倒れてしまう。
やっぱり様子が変だ。

片手で娘を支えながら、
冷蔵庫に貼ってあった「こども医療電話相談」に連絡した。
「どうされました?」
状況を伝えたら、
「泣いてるという事は意識はあるんですよね、様子を見ますか?」
と言われた。
分からない。
考えたって、この子に何か起こって、次の瞬間ケロっと熱が下がるのか、もっと酷いことになるのか、答えは出ない。
「いつもと泣き方が違うんです。熱も高いです。」
大人と同じパターンが当てはまらない。
幼い子どもは私にとって未知の生物だ。どう取り扱うのが正しいのかはその子による。母親としての経験不足が悔しい。
「念の為救急車を呼びますか?」
「お願いします。」

そういえば私は救急車を呼んだことはおろか、付き添いでさえ乗ったことが無い。
すぐ出れるようにオムツや着替え、母子手帳、飲み物などの荷物を慌ててまとめた。
横目で様子を見ていた娘は、私の焦りとは裏腹に落ち着いてきたようで、救急隊員の方がインターホンを鳴らしたときには、泣き止んで指しゃぶりしながらガーゼケットをくんくんしていた。
救急車に乗り、質問をいくつかされる。
顔色が良くなってきた。
受け入れ先の病院を探してもらって待機していたので、呼んでしまった手間申し訳ないが自宅で様子を見ることにした。

熱はそれでも39°近くだったので、次の座薬を入れる時間が待ち遠しかった。(解熱剤は4時間空けなければいけない)
ケロっとしたまるのおでこを撫でる。


20:20
ヒデさんが仕事から帰ってきた。
まるは喉越しのいいものしか食べれなかったので、バナナや豆腐をあげる。
スプーンに乗った豆腐をつるんと飲み込み、イオン水を飲ませた。

夕飯の続きを夫に任せて、解熱剤の用意をしていたとき、
「ドナ!まるの様子がおかしい!」
今さっきは意識がしっかりあったのに、小さな体はぐったりと前のめりに倒れている。
上体を抱き起こすと、視線が合わず目が虚ろに泳いでいた。
「救急車!」
あっという間に顔色が悪くなって、唇の色が紫色になる。
チアノーゼ(血液中の酸素不足が原因で皮膚が紫色に変色すること)だった。
呼びかけても反応が無く意識が混濁している。
私はすぐさま救急にダイヤルした。
20:40
昼に一度呼んだのですぐに対応できたが、見たこともない娘の状態に心臓がばくばくした。
電話のコール音が長く感じる。
ヒデさんは娘を抱き上げて介抱しているが、混乱している。
「早く!おかしい、泡吹いてる、痙攣してる!まる、まる!意識が無い!」
「名前呼んでて!」
とっさに熱性痙攣だと思った。ただ確定は出来ない。
(熱性痙攣とは、生後6ヶ月〜5歳くらいまでの子どもに見られるけいれんの一つで、発熱(高熱時)に伴って起こる。2〜3分で自然とけいれんは収まるが、5分〜10分以上けいれんが持続する場合には緊急受信が必用。)

妊娠中、You Tubeや本で何度も目にしたことがあり、しっかり対処すれば大丈夫だと知っていたのに、いざ白目になってすうっと意識が無くなる姿を目の当たりにすると、まるを失うんじゃないかと思って怖かった。
きっとヒデさんも同じ気持ちだっただろう。
私達は年齢的には立派な大人でも、親歴は1年6ヶ月なのだ。

必死に鼓動を落ち着けて、電話口で名前、生年月日、状況、住所を伝え、今出来る対応方法を聞いた。
吐いたものや食べたものが喉に詰まらないように、横向きに寝かせ、
衣服を肌着にさせて、脇の下や鼠径部を水を絞った冷たいタオルなどで冷やすこと。
痙攣の回数、一回の時間を測ること。(実際冷静に測る時間は無かったが、見ておくこと)
このとき動画を撮っておくと、後に診察してもらうとき問題のある痙攣なのか、熱性痙攣なのか分かりやすいらしいが、初回は慌ててそれどころではなかった。

今か今かと救急車の到着を待っていたら、玄関からチャイムがなった。
このときはすでに娘の痙攣は止まって意識が戻ってきたが(短い痙攣が3度ほどあった)
まだ頭がぼーっとしているようだった。
「まる」と呼ぶとこちらを見る。少し安堵した。
救急隊の方が手早く脈拍などの検査をして、
私達はまとめていた荷物と、くたくたの部屋着のTシャツ、ジーパンで救急車へ乗り込んだ。

もう外は真っ暗で、救急車の赤いランプが点滅して浮かび上がっていた。
私の鼓動も、それに合わせるようにまだ高鳴っていた。

抱っこしたままシートベルトをされたまるは状況が把握できず、不安そうにしている。
オムツのままで、愛用のガーゼケットをぎゅっと握る。
「10〜15分ほどで〇〇市の医療センターへ行きます」
そこは隣のまた隣の市の病院だった。
お昼に救急車を呼んだ時とは違い、受け入れ先の病院がすぐに決まった。
日中は熱中症などの患者がよく運ばれるのだろう。
また痙攣が起きるんじゃないかと心配していたが、
今のところ平気そうだ。

病院へ着き、情報確認した後資料を渡され、大きなホールに通された。
天井がやけに高い待合ラウンジは、照明が最低限で薄暗く、しんとしている。
カウンターの男性に呼ばれ、流れ作業で診察カードを作った。
さながらホテルのチェックインのようだ。
他にもベンチへ横になっている小学生くらいの女の子、付き添いの母親の姿が見える。
母は心配そうな表情で、少女はぐったりしているように見えた。

小児科へと伸びている廊下は、でんぐり返しが二回くらいできそうなくらい幅があった。奥は暗くて心細い。
診察室の明かりが右から漏れていた。

呼ばれた後、先生に状況を伝え(見ていた夫が)熱を再度測り、他の診察室へ呼ばれるまで待機した。
そこで別の先生に説明をしてもらった。
熱性痙攣の体質があり、2回、3回と繰り返してしまうようなら、
痙攣を予防するダイアップ座薬というのを処方されるらしい。
預かり薬として保育園に預けて(医師の診断書が必用)
保護者がすぐに迎えに行けない時に痙攣を起こしそうな高熱の場合、保育従事者が座薬を入れる為だ。
我が子の体質をできるだけ身近な大人に共有しておく、というのが大事だ。
診察が終わり待合室へ戻った。

このお城のように大きな総合病院に、家族3人、ぽつんと日常から切り離されてしまったみたいだ。
いや、体の一部が調子が悪くなったり怪我したり、そうして病院へ来るのは十二分にあり得ることなのだ。
肌で感じ取る緊張感、ひんやりとした空気は病院から発せられるものなのか、はたまた自身から滲み出てくるものなのか。
この消毒液の匂いは、決まっていつも自分がちっぽけな人間だと思い知らされる。
同時に、こうして医療を受けられる有り難みを噛み締めていた。
昼間に行き交う人々のおもかげを想像していたら、窓口に呼ばれた。

全ての手続きが終わって、迷路のように出口を探す。
扉から外の湿った空気が流れ込んできて、ホッとした。
時刻は22:17
タクシーの赤いライトがあちらから見えた。
隣の隣の街まで帰ろうか。

ヒデさんと顔を見合わせる。
お互いに背中を撫であった。1人じゃなくて良かった。

「このへんは夜間の小児科が、ここくらいしかないからねー。」
運転手のおじさんと会話しながら、電気をつけたままの明るい我が家を思った。

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