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「新しい」は「新しく無い」

「価値観の異なる国が戦争する意味は…」
…について考えてみた。

一方は 自分達の国の領土を広げる事で、そこにある人的資源や地下資源などで国力を高める 考え方が存在する。【前者】

他方は 経済的イデオロギーで国と国の関係性を強めて行く事での人的資源や地下資源などを流動化して、それぞれの国の国力を高める 考え方の存在です。【後者】

既に、この時点で国際的コミュニティの代表機関であるところの国際連合なる存在は、前者には 不向きな居場所 に至る 宿命にある と言える。

ここでは、出来るだけ難しい言葉は使わずに、観念的に客観視している様に書き進めたい思いがある。

何故ならば、極端な言い方で 読んで下さる人々にインパクトを与えたい のと同時に、身の安全を意識しているからである。

つまり「言論の自由」などは…何処にも存在していないからである。

では、本題に戻るとしましょう…

前者と後者は御互いに相入れない関係にあるのに自国の利を…もっと極端に言うならば…「目先の利益」の為に、ゆる~い国際組織であるところの国際連合に加盟して、それが あたかも「世界平和」を目指す一国かの様に、透け空けの衣を着て参加しているのが…各加盟国の実態である。

日本は以前にあった国際連盟(国際連合の前身)を自ら脱退している、しかも常任理事国であったのだ。

そして、その後に第二次世界大戦へと進んだ歴史がある。

しかし、今日は「世界平和」からは既に逸脱しているにもかかわらず、国際連合から脱退せずに侵略戦争する事態が何度も繰返し起きている、しかも常任理事国である国々である。(拒否権の問題)

一昔前に「デタント」と言う 言葉が良く新聞やニュース番組で流れていたのを覚えている。
「緊張緩和」のことである。

核戦争 危機が現実の世界では、この言葉は 既に死語の様に 海深く沈んでしまっている。

そして、ある意味で「核抑止」と言う言葉を 新しい言葉かの様に 頻繁に使っている…とも言えよう。

しかし、その本質は同じである。

前者と後者の相入れない関係が存在している限り「新しく無い」のである。(デカップリン への加速)

「人類はイノベーションによって 人類そのもの や 社会インフラ等々を 新しく そして 大きく進化させて来た。」と 声高らかに演説する著名人達がいるが…

本質的実態は全く変わっていないし、同じである。

むしろ、挫折感しかないのである。

だから…

「新しい」は「新しく無い」

           安田純一

追記。
真に「新しい」を人類が望むならば…
既に手にしていたと思う。
少なくとも、その機会は今までに何度もあったはずで…

それが手に出来なかったのは…

地球が他の惑星人達から侵略戦争を仕掛けられていないからである。

しょせん、人は目先の事でしか動けないし、動こうとはしないのである。

それは… 

どんなに 立派な 科学者や歴史学者が言って ても…
東京一極集中の日本が、地震大国なのに 首都機能移転が 全く進まないのと 同じである。

そして、後で思い起こすのであろ…

残念なのは「 3・11 の後で 変われる機会があったのに…」と、ねぇ。

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この文章を最後まで読んで下さった方に感謝します。
そして、出来るならば一言メッセージを頂けたならば幸いに思います。
            安田純一



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