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小説『窓』no,2

ビルとビルの重なり合う隙間から、奇跡的に差し込む硝子越しの光が2枚目の玄関扉の『窓』だった。
ベンラダの様な プライベート エントランスのフェンスは、コンクリートの壁と入れ替わる様にシンプルなアルミのフレームだけの外が見通せるフェンスで、そこから見える景色は別のマンションの非常用階段(避難階段)が目立つ壁だった。

私が新しい勤め先で仕事をするように成って、早くも三ヶ月が過ぎようとしていた夏の月明かりが窓を通して部屋にも届く夜の11時過ぎだった…

網戸のついている硝子の引き戸を開け放し、ビルとビルとの間を縫うように流れて来る風を呼び込むだけで クラーク、エアコンの類(たぐ)いは一切要らない涼しい部屋の中で、ベッドに横たわり夏目漱石の『我が輩は猫で…名前が無い!』を久々に読み返して寛(くつろ)いでいた…そんな時、向かいの非常階段を激しく駆け上る足音が静まり返った夜の空間に響いたのである。

私は異常な光景を予想し上半身だけをベッドから起こし、大きな一枚硝子の扉の窓から外を見たのである。
逃げる女性と追いかける男性の人影が…私の目に飛び込んできたのである。
それは既に私の住む三階の高さを過ぎていたからで…
ただ、必死に階段を駆け上る女性の息づかいだけは足音と共に私に届いていたのです。

『何があったのだろうか…』
異様な胸騒ぎに背中を押される様に私は大きな『窓』の扉に吸い込まれる様に、見せかけの様なベランダに出て身を乗り出し二人の駆け上って行った足音の向かう先へと頭と意識を出来る限り延ばしてみたのだが…

既に、二人の影も見えないくらいに…ただ、次第に小さく成っていく足音だけが聞こえ、それが消えた。

おそらく非常階段の登り着く先、ビルの屋上に達したのだろうと…
自然と乗り出していたフェンス越しの上半身を静かに戻し、エアコンの室外機の上に置いた ままにしていた、タバコと灰皿とライターの内 タバコとライターを手に取り火をつけて綺麗な月を見上げて充分に肺まで達した煙を細く静かに吹き出した。

何とも言えない緊張感の中での溜め息を隠す様な『いっぷく』だった。

『まったく、いったい何だったのか…』
そんな事を思い巡らせながら1本のタバコを吸い終えて、灰皿で火を消そうとした時である。

向かいの非常階段を静かに降りて来る男女の姿がハッキリと視界に入ってきたのである。

咄嗟に灰皿を左手に持ちベランダの床にしゃがみ込む。
二人の男女は私に気付いていないようで…そのままに1階まで降りて行ったのだった。

『何だ…、結局、仲直りして帰って来たんだ…』と独り言を呟きながら私は部屋に戻って気分転換する為に録画しておいたテレビドラマを観て…その後、朝まで ぐっすり眠ったのです。

私の出勤時間は普通の会社とは異なり昼ちかくの11時である。
これは倉崎社長の考えで男性社員は皆、通常である場合の出勤時間を11時と決めているとの事でした。

この事情は、おそらく毎晩 仕事終わりに私を連れ出して ミナミ、難波(なんば)の クラブ、キャバクラ数軒から始まり、堺の天神でのラウンジ、スナック、カフェバーと続く一連の夜の行動パターンの為だと…、そして これが昔から続いているのだと思うと…笑いを心内のままに留めおいて、彼が与える私への仕事を恙無(つつがな)く日々こなしているのである。

この日の出勤も当然、11時出勤である。
しかし…
前日は倉崎(社長)が東京に出張中で帰りが遅いとの事で、二人で飲みに出かけていなかった(ので…)。

久々に早起きして寛いでいたのでした。
早起きと言っても8時の朝食をNHKの朝の連ドラを録画を通して観てない事ぐらしか特に変わった変化は無いのであるが…

この日の朝は違っていた…
連ドラを見終えた 私はニュース番組を観るために民放テレビの方にチャンネルを切り替えたのである。

すると…
私の直ぐ近くのマンションの屋上から飛び降り自殺したと思われる男性のニュースが流れていたのです。

『何(なに)…』『なんですと…』
そういえば、眠りについた後での夢うつつの中で救急車のサイレンを聞いていた様な気もするが…

男性が飛び降り自殺したと言うマンション ビルの路上地点は、私の住むマンション ビルの面する中央分離帯を兼ねる『南国風のフェニックス』が植樹されているメイン大通りから 細く脇に入る道沿いの場所にあり、このマンションのどの位置の部屋の窓からも死角で全く見えないので、実際に表(おもて)に出て行かなければ、住人の誰も気づきはしないのである。

案の定(あんのじょう)、既に私の住むマンションの周囲も野次馬と警察の非常時用のテープが張り巡らされていて…少し様子を見ようと思った私は、自分の住むマンションの出入口用自動ドアの外のエントランスから見えた異常な光景に直ぐさま背を向けて部屋に戻ったのです。

幸いにも、出勤時間迄には未だ2時間もあるので、部屋に戻って充分に対策を考える時間があった。

……………つづく……………

小説『窓』no,1
https://note.com/amanda0513hk/n/n9bb8ff5e67fd



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