二段お重人格ごっこ【毎週ショートショートnote】

「おはよう、あなた。今朝は早いのね。待ってて、お弁当いま詰めるから」
「いや、いらない。今日は外で重役とランチミーティングがあるんだ」

「おはよう、美菜。ずいぶん遅かったじゃない。遅刻するよ、ほらこれお弁当……」
「いらない! いまダイエットしてるの! 行ってきます!」

あっという間に静かになった台所。
私はため息をついて、一瞥もされなかったお弁当箱をふたつ、重ねてみる。

結婚してからずっと、良き妻として振る舞ってきた、一の重。
出産してからずっと、良き母であれと心がけてきた、二の重。
望まれる姿を、重箱に詰め込むようにきっちり揃えて示してみせても。
最近は二段のどちらもが、好きなものだけ摘ままれたり、今朝のようにスルーされたりするばかり。

理想の妻と母を演じるのは、もう、疲れた。
私の心は、この空っぽになった弁当箱のように、満たされない。

……うん、これだけじゃ全然足りないな。
私はスマホで「豪華二段お重弁当」を注文することにした。


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