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涙鉛筆【毎週ショートショートnote】

「あなたのことも、あなたの描く絵も好き。でも、これ以上、あなたと一緒に暮らしては行けない」
涙を流すきみを見て、慰めるでも引き留めるでもなく「ああ、美しい涙だ」なんてことばかり頭に浮かんでいた僕は、別れを告げられても仕方なかったと思う。

きみが部屋を去ってからすぐ、愛用の鉛筆できみの泣き顔を描いてみた。
驚くほど筆が進み、瞬く間にラフスケッチが完成した。
我ながら会心の出来だと感じた僕は、そのラフを基に水彩画を描いた。
絵はたちまち話題になり、同じ絵を求める注文が殺到した。
僕は「美しい涙を描く画家」として、今までが嘘のように儲かった。

でも、違う。
いくら描いても、いくら評価されても、それはあの涙じゃない。

あの涙は、あの日の僕が、あのボロボロの鉛筆でしか描けないものだった。
色の枯れ果てた、モノクロームの涙。
売れない絵描きに寄り添い続け、でも未来の見えない生活に堪えきれず背を向けたきみの、純粋な哀しみを凝縮したようなあの涙。


※本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です。

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