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ウィンナ・シュニッツェル問題

高校生のときに村上春樹/安西水丸『村上朝日堂』(新潮文庫)を読んでいて、とても印象に残った部分がある。
「ビーフ・カツレツについて」という項で、ウィンナ・シュニッツェル(ウィーン風仔牛のカツレツ)についての記述だ。

ウィンナ・シュニッツェルには他にも決まりごとがある。つまりあげた肉の上にレモンの輪切りをのせ、そのまんなかにアンチョビでまいたオリーブをのせる。それからケッパーも振る。熱いバターをかける。つけあわせは白いヌードル。これがきまりであって、これだけ揃ってやっと「あ、ウィンナ・シュニッツェル!」と呼ぶことができる。

ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の「My Favorite Things」という歌でも、お気に入りのひとつとして「schnitzel with noodles」と出てくる。

Cream-colored ponies and crisp apple strudels
Door bells and sleigh bells and schnitzel with noodles
Wild geese that fly with the moon on their wings
These are a few of my favorite things

そこで村上春樹は「逆に言えば、僕の嫌いなものはヌードルのついていないウィンナ・シュニッツェル、ということになる。」とまで断言する。
田舎で田んぼに囲まれて暮らしていた私は、いつか本物のウィンナ・シュニッツェルを食べてみたいものだ…と憧れを募らせた。

実際にであった本場のウィンナ・シュニッツェル

その後、何年も経ってから、仕事で複数回オーストリアに行く機会に恵まれ、本場ウィーンのレストランやカフェで、何度もウィンナ・シュニッツェルを食べた。

しかし、ヌードルが添えてあったことなんて、1回もナイ!!

最初は「ああ、これは本物のウィンナ・シュニッツェルじゃないのか」と思って食べていた。
そもそも仔牛肉を叩いて平べったくして揚げているのが本来だが、豚肉で代用している店もけっこうあり、もちろんそんなの論外だ(それはそれでおいしいけど)。
でも、どこに行ってもヌードルが見当たらない。
付け合わせはグリーン野菜や茹でじゃがいものことが多い。
そもそも“ヌードル”がどんなのを指しているのかもわからない。
パスタのこと?

改めて同書を読み返してみると、村上春樹は別の項「再びウィンナ・シュニッツェルについて」でこうも書いている。

ところで僕は先日わざわざウィーンに行ってウィンナ・シュニッツェルを食べたんだけど、これがすごくがっかりしてしまった。どうがっかりするかというと、変な話だけどウィーンのウィンナ・シュニッツェルというのは、まるでウィンナ・シュニッツェルらしくないのである。

ではいったい、本物のウィンナ・シュニッツェルとはどこにあるのだ?

本物のウィンナ・シュニッツェルとは

「Wiener Schnitzel」で画像検索をかけてみると、レモンは定番として、付け合わせはやはり茹でじゃがいも、フライドポテト、グリーンサラダあたりが多数のようだ。

次に「Wiener Schnitzel with noodles」で画像検索したら、う〜ん…やっぱりパスタのことか?
しかしスパゲッティとの盛り合わせは、あまりオーストリア料理という感じがしないのだが。

オーストリア政府観光局公式サイトの英語バージョンには、ウィンナ・シュニッツェルのレシピが掲載されている(日本語バージョンにもレシピの掲載はあるが、内容が簡易なので、英語バージョンを参考にする)。
これは国としての公式な見解と考えてよいのではないかと思われる。
肉を叩いて揚げる過程はざっと読み飛ばし、最後の部分に注目すると「シュニッツェルを皿に盛りつけ、スライスしたレモンを添える。付け合わせはパセリ入りポテト、米、ポテトサラダ、またはミックスサラダ」。
ええ〜? やっぱヌードルなんて出てこないじゃ〜ん。
(米というのも初耳の情報だが)

もしかして村上春樹が日本でよく行くオーストリア料理店での定番だったのだろうか。
ちなみにヌードルだけではなく、アンチョビで巻いたオリーブや、ケッパー(ケイパー)も現地では見たことない気がする…。
謎は解決しないままなのだった。
それでも若い頃の刷り込みというのは強烈で、今でもなんとなく、ヌードルつきのシュニッツェルっておいしそうだよな…と夢想してしまうのだ。

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