奇禍に飛び込む 御徒町編 4(中編小説)



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オレンジ色のきらめきがぱっと瞳の中で燃え、視界をいっぱいに染める。
ファイアオパールとも呼ばれる、赤い炎を内側に秘めた宝石だ。乱反射をして自在に色が変わる。
朋子はつまみあげ、じっと石に目を据えた。
 
そうであるような気もするし、違うような気もする。
 
もう少し石の粒が丸っこくて大きくはなかったか。
店内の照明にかざしてみると、オークションに出ていた写真よりもはっきりと状態がわかる。
亀裂が真ん中に深く入っており、磨いても取れないあきらかな白い曇りが内部にあった。
思わず声を上げそうになるほど、その傷は見覚えがあるものだった。
だが、きずはもう少し小さく、もっと全体的にぼんやりとにごっていたはずだ。

最も高かった台座のはずれた硬質なダイヤがあった。
動かすたびに宝石同士でぶつかり合って傷が大きくなってしまったのだ。

そしてこの曇り。
あのときは宝石全体を覆って内部の光も見えなくしていたから目立たなかったが、磨かれたらしき今ははっきりと見えた。
内部の亀裂から上に向かって噴煙を上げるようにある曇り、それは中で細かなひびがはいり割れかけていることを示している。
 
オークションの説明には「19万5000円相当の品」と書いてあったが、本当は1000円にも満たないジャンク品だろう。
落札して届いてみたらがっかりする代物だ。
それでも側面から見ていれば内部の炎はまだ健在だった。手の中で動かすたびに色を変えまぶしくきらめく。
 
「はめてみていいですか?」
 
指にはめてみる。思わず叫んだ。
 
「ぴったり!」
 
まるであつらえたかのようだった。
若い頃は指輪は少し抜けやすくていつもぐるぐる回った。
今は自分が大人になり少し肉が付いてしまい、結婚指輪も前より食い込んでいる。だからぴったりになったのだ。
何もかもが、記憶と合いすぎている。



*  *  *



朋子の腹から食道に昇る熱さがあった。
たとえこの指輪がそうでなかったとしても、そうであってくれたらと願う心に寄り添うものだった。
 
「きずのことをカンて言うんですか?」
「ああ…まあね、そうです」
 
男は落ち着かない様子だ。
朋子はあまり執着しすぎている様子を見せすぎたかもしれないと考える。
傷を見たのでちょっと興がそがれたという風を装った。
 
「ファイアオパールを探しているんです。他にもありますか?」
 
男はいくつか棚を探って出してきた。また数少ない店頭にある中の一つを示す。相応のお値段がついている。これらは粒が大きく石だけで台がなかった。
 
「こういうのは、下の台も作ってもらわないといけないんですね」
「まあね、そうですね」
 
そして朋子は唐突に言った。
 
「これいただきます」
「えっ?」
「これ、いただきます。おいくらですか?」
 
朋子の指差す前にある傷と曇りのある指輪を見て、店主はひどく驚いたような顔をした。
それから思いなおしたようにずるそうな細い目が眼鏡の奥で光った。
いかにも残念ですという風に言う。
 
「これはもう入札が入っていますので…ねえ」
「入札?」
 
朋子は眉を寄せた。
朝に支度をして改札を抜けた時、電車で空を眺めている時も、こんな話をしている間もずっと、彼女はずっとスマホの画面を見ていた。
今朝どころか昨日の夜からずっと同じオークション画面を開きっぱなしだ。
一円も動いていないことは彼女が一番よく知っている。
 
入札は一人、そしてそれは一円。あなたが自分で入札したんじゃないの?そうでなくともそこは問題じゃない。
朋子はとぼけて聞いた。
 
「あれ?入札、入ってましたっけ。あのう、オークションの説明にね、こう書いてあります。『店頭に棚出ししてありますので、売れてしまったらそちらを優先させていただきます。ご了承ください』って。それを読んだからここまで来たんですわたし」
「入札が入った時点で、店頭からはよけてしまうんです」
 
朋子は少し迷った。

オークションの説明と、今の説明との矛盾を突くべきかどうか。
それとも別視点から攻めるべきか。
相手は古物商なのだから古物取り扱い許可に基づいて商売をしている。取引先の名前は帳簿に残っているはずだ。
すべて、ここに来るまでに震える指でネットで調べたにわか知識だった。

聞きたい。それがどの土地から、誰から、仕入れたものなのかわかればこの指輪がここにある流れを追えるかもしれない。
誰から…?
呼んでもいいのだろうか?警察…?
 
だがそのような話が通用しそうもない相手のような気がした。
彼女と母のものであるという証明も出来ないだろう。
追い出されては元も子もない。
黙ってじいっと目を据えたまま突っ立っている朋子をどうするか扱いを決めかねて店主はまた繰り返す。
 
「入札が入っちゃってますとね。それ以上の値段でというのもねえ。入札された方に申し訳ないですし…ね」




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