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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 4(中編小説)



5. 2019年 女子会とコイバナは続く


「さきなちゃんあたしそれめっちゃ興味ある。いったいどこで知り合ったの?」
真亜子はぐっと体を前に突き出して咲菜の方に体を乗り出した。
着物を着た小柄なおばさまがた二人が店に入って周囲を見回す。普段から着物で生活している人でなければ出せない物腰でレジに向かった。
「知り合ったのは普通に友達の友達だよ。一緒に遊んでる子たち」
その彼はお世辞にも整った顔立ちとは言えず背丈もないが、女子に嫌われている様子はなかった。
「あたしそのころ、やけになってて…律くんにふられたばかりで」
真亜子がのどかに首をかしげる。
「あれ?でも彼、ずっと前から彼女いるって言ってなかった?」
「違うの、いないって言ってたの!その時は確かにいないって言ってたの!」

多少むきになるのはかつてあった恋心を正当化したいのか、咲菜はその時好きだった男の子の顔を思い出そうとしたが、既にぼんやりとくすんだ霧に包まれていた。
「それでやけになって、慰めてもらってるときに僕だったら良かったのにって言われて…勢いでいいよ付き合ってもって言っちゃったんだけど…」
彼はお笑い芸人ばりに笑わせるが人の悪い冗談は決して口にしなかった。
腰が軽いから皆には何かと便利に使われている。気もきいた。

「そのまんが見られるの?」
咲菜が下をむいて携帯をいじると、トイレから戻ってきたれいらが後ろからひょいとのぞいた。声を出して読む。
「『ちびブタ野郎に彼女が出来た』?何これ?」
「やめてー!れいらちゃんー!!!」

咲菜は便宜上彼と一応付き合うことになった後、自室のベッドの上をゴロゴロ寝返りをうちながら考えた。何度も自問自答してみた。
(ちょっと無理。さすがに無理!生理的にどうしても好きになれない顔だし、すごくいい人だけどタイプ真逆だしぜったいありえない)

れいらが席に付いて興奮もおさまったので、真亜子は尋問を続ける。
「それでどうしたの?」
「どこかで言わないと、言わないと…ってずるずる続いたの。でも、会うたびにすっごい嬉しそうで言えないの。そ、そしたら…」
「そしたら!?」
「だんだん、自信満々になってきた」
「やぁだ!」
「でも…あんまり…いやな気しなかった。ちょっと、前よりだんだんかっこよくなってきたかも…なんて」
「えー!」
後ろに反り返って笑い出したれいらを抑えて、真亜子がさらにぐぐっと前に乗り出す。
「いいじゃんいいじゃん、それで?」
「ちらっとよ?ちらっとだけ…」

彼はメッセージのやりとりがうまかった。
連絡事項は手短で的確、なのに事務的にはならない。
咲菜はあまりメッセージを送りすぎないように、みずからに規制を義務づけて我慢するくせがついていた。
律くんがうざいって思うから。
しかし律くんとは違って、ちびブタ野郎の彼は既読無視など全くなかった。まめに返事を返してくる。忙しい時には忙しいと言う。
咲菜はさびしい思いをすることが減った。

たまに送ってくるスタンプはほのぼのとして趣味がいい。ネットからくすりと笑えるような罪のない話題を拾ってくる。
何気ないやりとりの言葉の選び方がうまかった。
男子はゲーム系や、躍動感あふれる単純に笑える動画が好きな傾向が多いのだが、彼はそんなことはなかった。
『西側の窓見て。すごい』
素直に振り返り、窓に駆け寄りカーテンを開いた。部屋いっぱいにオレンジ色の光があふれ、もう咲菜は知っている。驚くような美しいものに向く眼が彼にあることを。
今、咲菜が欲しいと思っているもの、今、気になっている場所、今、見たいと思っているもの。
それは夕暮れの太陽に照らされて燃える雲のように、咲菜の心にじわじわと入って浸透していった。

律くんの味気ないひとこと、ふたことのやりとりに一喜一憂していた自分がばかばかしくなる。
──今起きた。
──行かない。
──寝てた。
いちいち落ち込んでいたのが嘘のようにメッセージのやりとりが充実して、咲菜はだんだん律くんのことを考えることが少なくなっている。
もう待たなくていいのだ。
そう思っている自分がいることに気付く。

それからだ。
「なんだか、どんどんかっこよく見えはじめたの」
「さきなちゃ~ん!いいじゃない」
相変わらず身を乗り出している真亜子とは対照的に、れいらはもう興味を失ったかのように自分の携帯をいじっている。

自信を持ったからか、彼の態度が変わり始めた。
今まで誰に対しても下出に出て、甘えるようだったすくいあげるような視線が、こちらをまっすぐに見て普通に話すようになった。決して偉そうにはならない。普通になっただけだ。
背筋が伸びて堂々と胸を張って歩くようになった。
咲菜はこの人、身長は二センチぐらい伸びたんじゃないかな?と考える。
決定的になったと思ったのはさよならをした後に、スマホに届いたこんなメッセージを読んだときだった。

 最近、君の気持ちを感じます。
 前はそうでもなかったんだよ。だから不安でいっぱいで…。
 これから君がどうしようと思っているのか
 どうしたいと思っているのかわからなくていつも不安だった。
 でも指輪を大事にしてくれてるの、すっごく嬉しかった。
 初めてなんだよプレゼント人にあげたの。

純粋な気持ちがそのまま流れ込んできて、しばらく頬が赤かった。
こんなの、すきになっちゃう。

真亜子が手をたたいて、隣の席に座っていた大きなファイルを広げたおばさまがとがめるような視線を向ける。黒縁の大きなめがねを押し上げた。
「え~めっちゃいいじゃない~!」
「でも、だからショックだったんだ。口がうまいのもそれでかって思った。まんがかいて、お話を作ってるからなんだなって…」
「ていうか、ごめん。これ、どこがエッチなの?全然たいしたことない」
突然、れいらが口を開いて咲菜は席から半分飛び上がった。ガタンと椅子が後ろにぶつかって、聞き耳を立てている隣席のメンバーは自分たちの椅子を引く。
「れ、れ、れいらちゃん!み、見たの!?」
「公開されてるもん普通に。検索したら出たよ。ほら」
携帯を突き出してきたれいらの手元を真亜子が興味深げに覗き込む。
「読んだの?いま?」
「どんなすごいの描いてるのかと思ったらばかばかしい。騒ぎすぎ」
咲菜はぽかんと口を開けたまま、足を投げ出して座っていた。
「あんたに免疫なさすぎるだけじゃないの?普通にいい内容だよ」





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