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やまとのショートストーリー|短編小説

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自作の短編小説をまとめています。 どれも短いお話なので、手軽に読めます。
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2021年10月の記事一覧

超短編小説|アナログバイリンガル

 僕の横にいるのは、アナログバイリンガルだ。アナログのくせにバイリンガルなのか、バイリンガルでもアナログなのか。答えのない疑問を彼女にぶつけようとしたが、あまりにも失礼なので控えることにした。  バイリンガルと聞くと、高そうなハイヒールをはいて、いつもフカヒレやファグラを食べている姿を連想するかもしれない。しかし、僕の隣にいるアナログバイリンガルの食事は、たいそう質素なものだ。  彼女と出会ったのは、寒い冬の日だった。仕事帰りのアパートの前で、このままだと飢えて死んでしま

超短編小説|違法の冷蔵庫

 誰しもこっそりと内緒にしていることがある。人知れず大切にしている物がある。僕の場合、それは違法の冷蔵庫だった。  書斎の片隅に置いてある真っ黒で四角いそれは、異様な存在感を放っていた。俯瞰して見ると、合法の物には到底見えず、ひんやりと冷たい怪しげな雰囲気をまとっている。  しかし正面に付いている丸い取手をひねり、ドアを開けても、中は少しも冷えきってはいなかった。それも無理はない。なんせ、僕が所有しているのは、違法の冷蔵庫なのだから。  今から3年前、僕は極貧生活にあえ

超短編小説|株式会社リストラ

 僕が働いているのは、株式会社リストラ。そこは会社をクビになった者が第二の人生を歩める場所。僕がそこに入社したのは、3ヶ月ほど前のことだ。  前の会社にクビを宣告され、ネットの求人募集を見て応募した。初めは名前に違和感こそあったものの、採用が決まったら一人で大喜びした。  会社では、みな生き生きと働いており、リストラされた社員の集まりとは思えない活気で溢れていた。社長も人望が厚く、世間では尊敬の眼差しが向けられている。  しかし、最近になって異変を感じるようになった。表

超短編小説|しゃべるピアノ

 ピアノが喋っているのか。それとも、喋った相手がピアノだったのか。要するに、僕は気付いたらピアノと会話をしていた。会話の仕方は少し変わっていた。なにしろ、相手がピアノだからだ。  ある日の朝、僕は数年ぶりに鍵盤をたたいていた。すると、僕の手の届かないところから音が出た。はじめは、どこか調律がおかしいのかと疑った。しかし、調べてもらったが、そうではないらしい。僕とピアノがいるときだけみたいだ。  それからは、毎日会話を楽しんだ。陽気な気分なら明るい曲を一緒に弾き、つらくて耐

超短編小説|昔ながらの喫茶店

「いらっしゃい」  ドアを開けると、そこは昔ながらの喫茶店だった。年季の入ったテーブルに、床を歩くぎしぎしとした音、店内から漂う新鮮なコーヒーの香りをのぞけば、すべてが古めかしい。  私は店の隅っこの席をさがし、椅子に腰かける。店内を見渡すと、年配の常連客らしき人が大事そうにコーヒーをすすっている。奥に目をやると、白髪頭の店主とおぼしき男性がコーヒーを淹れているのが見える。  コーヒーの粉の入ったペーパーフィルターにお湯をゆっくりと注ぐ所作。常連のお客さんとの親しげな会