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超短編小説|しゃべるピアノ

 ピアノが喋っているのか。それとも、喋った相手がピアノだったのか。要するに、僕は気付いたらピアノと会話をしていた。会話の仕方は少し変わっていた。なにしろ、相手がピアノだからだ。

 ある日の朝、僕は数年ぶりに鍵盤をたたいていた。すると、僕の手の届かないところから音が出た。はじめは、どこか調律がおかしいのかと疑った。しかし、調べてもらったが、そうではないらしい。僕とピアノがいるときだけみたいだ。

 それからは、毎日会話を楽しんだ。陽気な気分なら明るい曲を一緒に弾き、つらくて耐えられない時は悲しい曲を弾いてもらった。僕たちは、苦楽を共にした。

 しかし、異変はとつぜん訪れた。ある日の朝、僕はピアノの音で目を覚ました。ピアノはひとりで弾いていた。僕は耳を疑った。昨日まで元気だったピアノが今にも壊れそうな表情で独奏しているからだ。時折、うまく音程がとれずにいる。

 弾いていたのは、ショパンの練習曲作品10-3。

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