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「いいな」と「ズルイ」は、ちがう話だよ。

※10分間で書く、下書き・推敲なしのぶっつけ本番エッセイ。毎日更新54日目※

わたしは、ほかの人が撮った美しい写真を眺めるのが好きだ。とくに、空や海といった、「青いもの」がもつ爽やかで強くて底の知れないエネルギーを感じると、すごく心が安らぐ。わたしが住んでいた横須賀が、海と空がきれいなところだからかもしれない。

わたしはといえば、2年前に1眼レフカメラを買った。カメラ自体ものすごい高いものっていうわけじゃないけど、レンズも3本揃えたから、25万くらいはかかったと思う。

ふだんお金を使わないから、ここぞというときにガッツリ出費するタイプなんだよね。

でもね、それなりにいいカメラをもって、いい景色の前に立っていても、いい写真が撮れないの。ぜーんぜんドラマチックにならない。ただ、シャッターを押して記録しただけの作業でしかない。人の心に迫るような、ストーリーのあるワンシーンにはならない。

おっかしいなぁ。ちゃんとカメラも買ったのに。

何事も練習っていうけど、写真って、「技術」がよくわからないよね。ほら、楽器なら早弾きできる、難しい曲が弾ける、リズム感がある、とかってすぐに浮かぶけど、写真における技術ってよくわからないんだよ。

想像とは全然ちがう写真の出来に、正直がっかりした。期待はずれ。高いだけの買い物。そう思っちゃったよ。

でさ、そう思うと、いままでの「いいなぁ。素敵だなぁ。わたしもこんな写真撮りたいなぁ」っていう気持ちが、「なんだよぅ。ずるいよぅ。なんでお前はこんなにいい写真撮るんだよぅ」っていう、やっかみの気持ちのほうに流れちゃうわけ。

これはたぶん、なんでも一緒だよね。最初は健全で漠然としたあこがれだったのに、それが次第に嫉妬のほうに向かっていってしまうこと。

第一に、自分の実力不足に向き合えない。第二に、努力よりも才能や環境によるものだという認識がある。第三に、心が疲れてる。

自分に実力がなくて、「あいつは金持ちだから」「時間があるから」というふうに他人の努力からも目を逸らす。それならまだいい。まだ、ね。

でも自分の心が疲れてると、「自分はこんなに不幸なのにうまくいっている人が許せない」思考になっちゃうんだよなぁ。

もちろん、そこまで嫉妬に狂っていたわけではないよ。ただ、最初の「いいなぁ」っていう気持ちが、カメラを買って少ししたら「ズルイなぁ」って思うようになっちゃってて。これはいかん、と思ったわけです。

結局、一時帰国を終えてドイツに帰ってきたら、車がないからカメラを持ち運ばなくなっちゃったんだけどね……。

長い冬も明けたし、カメラをもってお散歩にでも行ってみようかな。

あ、ダメだ。モンハンがいま祭りの最中だ。狩りにいかねば。

じゃあ、またあしたね。

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