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ブロークンアロー

 姉妹は眠りに就くべきだと、カレアは思った。救済は人間の虚妄だとしても、眠りだけは確かに、彼女を解放するだろうから。
 少女と言うより他になかった細い体躯は、左の肋の直下から腰骨まで、肉と血と骨の挽肉と化している。血溜まりは既に、薄汚れたコンクリートの灰白色を塗り潰していた。
 何もかも死に絶えた静寂のうちに、上体を壁に委ねた彼女は、生気を失った瞳を虚空に向けている。死神から逃れる見込みのない深手は、アンテロープAD12四脚戦闘アンドロイドのFNMAG汎用機関銃が浴びせた掃射に依るものだった。
 それでも、姉妹は生きていた。未だに浅く、喘ぐような呼吸を繰り返している。その意味は既に失われ、徒に苦痛を長引かせるだけの活動でしかないとしても。
「おやすみなさい」
 カレアは太腿のホルスターからM92自動拳銃を抜き、彼女の額に銃口を向けた。姉妹の眠りに必要な言葉は、もはや事足りていた。
 少女は泣かなかった。ただ、眠たげに瞼を下げる。
 それを見届けて、カレアはトリガーをゆっくりと引き切った。撃針が信管を激発させ、装薬の燃焼エネルギーを解き放つ。9ミリパラベラム弾頭が発砲炎と共に撃ち出され、正確に眉間の中心を貫いた。銃声はコンクリートの壁面に吸い込まれ、排莢口から吐き出された薬莢が床に転がる。
 カレアはホルスターに拳銃を納め、代わりに姉妹が最期まで抱いていたHK416自動小銃を拾い上げた。銃身下にM320擲弾銃を装着した小銃は血に濡れていたが、カレアは頓着しなかった。グリップは吸い付くように、彼女の右手へと収まった。
 カレアは姉妹に背を向け、ストックを肩付けて小銃を構える。銃口を軽く上げ、非常口のハッチに指向する。
「あおい、そらへ」
 いつか姉妹と交わした約束を、カレアは思い出した。
 異常を察したのか、耳障りなアラームが静寂を圧する。多目的榴弾が虚空を切り裂き、警報音をさらに騒々しく変える。

(続く)

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