名前のない罪
吸い込まれてしまいそうな青い空だったことを、セレーネは覚えている。その日、幼いセレーネは、寄宿舎の一隅でしゃがみこんでいた。
腰まで伸ばした、白に近い銀の髪と、滑らかな肌、ラピスラズリを思わせる濃い瑠璃の瞳。儚さを感じるほどに華奢だった少女の制服は、見る影もなく泥で汚れている。何も勝手に泥遊びをしたから、そうなったのではない。寄宿舎に忘れ物を取りに行っていた彼女を見かけるなり、ある生徒達の一団が侮蔑の言葉と土塊を投げつけてきたのだった。
その生徒達は皆、黒い髪と金色の瞳をしていた。多くはセレーネより年上だったが、何人かは彼女と変わらない年頃に見えた。彼女らがどうしてそのようなことをするのか、まだセレーネには分からなかった。しかし、ただの土塊と言えどもその衝撃は強いものだったし、服は酷く汚れてしまっている。半ばパニックになった少女は、今にも泣き出しそうに大きな瑠璃の瞳を潤ませていた。
「セレーネ」
そんな時、聞き慣れたルームメイトの声が、少女の名前を呼ぶ。セレーネが振り返ると、一人の少女がこちらに走り寄ってくる。
「ミュゼー、ネ……?」
「うん。ケガはない……?」
セレーネが声に応えて少女の名前を呼ぶと、彼女はほっとしたように微笑んだ。安心させようとしてくれているのか、自分と同じようにしゃがみ込んで言葉をかけてくれる彼女に、セレーネは小さく頷いた。
こんな状態でなければ見惚れてしまいそうな、彼女の碧い瞳を見て、セレーネは堰が切れたように涙を零してしまう。
「もう。大丈夫だよ。セレーネ」
「ミュゼーネ……。よごれ、て」
泣いてしまった彼女を慰めるように、ミュゼーネは腕を回す。服が汚れてしまうのも構うことなく、セレーネを強く抱きしめる。
「ううん、大丈夫。私が、セレーネを守るから」
例え、セレーネを傷つける者を皆殺しにしてでも。
そのとき、ミュゼーネは確かにそう誓った。
(続く)