この先何百年とこの湯治場を守っていく為に~阿蘇の地獄に沸いた奇跡~
天ヶ瀬温泉コンセプトワークと並行して行う天ヶ瀬温泉未来創造勉強会。全五回にわたり毎度各分野のプロフェッサー達をお呼びして天ヶ瀬温泉の未来を共に考えます。
前回の勉強会はこちら↓
第四回目の勉強会となる今回は特別回。天ヶ瀬温泉の旅館街の皆さんと共に実際の現地視察を兼ねた勉強会となります。
今回講師を務めるのは南阿蘇の地獄温泉青風荘の四代目を継いだ河津誠さん。
実は自分たちが河津さんのお話をお聞きするのは今回が二度目。前回の内容を踏まえ、今回は更に踏み込んだお話をお聞きできればと思います。
▼今回の記事を読む前にぜひ一度目を通してみてね!▼
それでは今回も早速参りましょう!
◆“多様性”を認めたすずめの湯
青風荘・河津さん;皆さんお久しぶりです。前回はまだ半袖でも平気な時期でしたね。
昨年の九州豪雨から間もなく8ヶ月。きっと皆さん今はひたすら自分自身と向き合い続けていらっしゃる時間なのかと思います。同じ自然に囲まれた一温泉地として、今日は改めて何か皆さんの参考になれたら嬉しいです。
さて、まずは前回皆さんにも体験して頂いた地獄温泉の『すずめの湯』についてお話したいと思います。
熊本地震、そして土砂災害の2度の災害を受け建物が壊され、もうどうしようもない時、ふつふつと地の底から沸き続けていたのがこのすずめの湯。いわばここは復興のエネルギーの象徴でもあります。
この温泉は元々男性のみしか入浴できない閉じられた場所でした。しかし、今回の震災をきっかけに湯あみ着を着て入る男女混浴の露天風呂へ生まれ変わったのです。
勿論、今まで裸で入れたこの湯が変わったことで当然怒る方もいます。時には「つけあがりやがって!」とロビーで怒鳴られることもありました。
しかしながら、そういった一個の価値観に縛られたステレオタイプの人よりも、困っている人たちや多様性を大切にする人たちのニーズに応えたい。私はそう思ったのです。
全てのお客さんを平等に満足させることはできません。でも、それで良いのです。
その結果、今では「若い女性三人だけ」や「思春期の娘とパパ」など、これまでのすずめの湯では決して考えられないようなお客さんらが集う場になりました。
湯あみを着ることで今までどこにも存在しなかった価値観が生まれたのです。
これからの時代は何でもかんでも構わず受け入れるのではなく、こちらから予め“価値観”を提示してあげるのが非常に大切になってくることなのかもしれません。
◆多様性と価値観を同時に守り抜く
さて、今皆さんがいるこの場所は元々あったレストランを震災からの復活を機に『曲水舎』と名前を変えて蘇がえらせた場で、現在は“湯治場”としての空間になっています。
ここは宿舎でもあり、本が立ち並ぶ人々のコミュニティスペースでもあります。宿泊のお客さんから日帰りのお客さんまで、様々な方が入り混じる空間です。
この空間をできる限り利用してほしいので、青風荘では日帰りの一日滞在プランを「湯治料」として“2000円”に設定しています。
日帰り入浴で2000円はもしかすると物議を醸す値段設定なのかもしれません。しかしそれで良いのです。
シャンプーとタオルだけ持ってお風呂だけ入っていこうという価値観の人は最初から来ないように設計する、それが大切です。
「湯治場」というのは、身体を壊している人たちだけではなく、心を壊している人たちもやってくるもの。
人々が車に乗り込んだその瞬間から「よし、この休みは湯治するんだ」という気持ちで準備してきてもらい、良い湯に浸かり自然を感じここで本をゆっくりと読んでいただく。
この一連に込めた“湯治体験”に価値を見いだせる人達がここに集ってくれればそれで構わないと私は思っています。
逆に言うと“湯治”という価値観に共感さえすれば、ここには2000円の単価の人から40000円の単価の人まで本当に多種多様の人々が集まってくるということでもあります。
門も柵も無いこの場所では財布の中にいくら入っているかは関係ありません。
一見このやり方は煩雑でロスも多く利益だけで考えれば効率の悪い形かもしれません。
でも、逆にそれがあるからこそ誰もがこの場所に集いやすくなり、そういう多様性があるからこそ少ない利益だけども長きに渡って続いていける温泉街であり続けることができるのです。
この「多様性」と大切にしたい「価値観」を両立していくことは非常に大切な作業なのでしょう。
◆温泉、そして自然への圧倒的リスペクト
さて、次は少し面白い場所をご紹介しましょう。普段は一般には公開していない『地獄温泉の泉源』です。
建物を出て、少しだけ山を登っていきます。
ここから見える山肌は、全て前回被災した際の土石流の跡。“山が崩れる”ということは想像を絶する圧倒的な自然の力です。
…さて、着きました。あちこちから煙が上がり強い硫化水素の香りが立ち込めています。足元には気を付けてくださいね。
この穴(泉源)は災害の土石流で一度は全て埋まってしまいました。しかし、時と共にふつふつと温泉は湧き始め、ついにはかつてのこの大きさまで戻ったのです。無論ここに人の手は一切加えていません。
〝ライジングエナジー〟
…まさにそんな大地の底力を強く肌で感じた瞬間でした。これもまた、先程の土砂崩れと同じ偉大な“自然の力”なのです。
このあたり一帯は阿蘇山の活動でこうして温泉があちこちから湧き出ています。しかしながら、地獄温泉ではその温泉の2割程だけを頂いて残りの8割は自然に返しています。
なぜなら「温泉」とは生きているもの━━━更に踏み込めばいつかは“終わりがあるもの”であり、決して無限に湧き出るものではないからです。
近年、私たちは沸く温泉全てが“お金”だと思ってしまう傾向にあります。
確かに、理論上は深くボーリングさえすれば日本全国どこだって“温泉”は掘り当てられます。しかしながら、そんな風に扱った温泉はいずれ必ず枯渇し死んでしまうのです。
自然と共存しその恵みを頂いているという気持ちを忘れない、このことを私たちは肝に銘じなければならないのかもしれません━━━
◆この湯治場を未来に残すという信念
さて、今回皆さんには色々なことをお話しましたが、最終的にはそれをやる人の“志”こそが大切になってきます。
どんな施設を持っていようがどんな素晴らしい温泉を持っていようが、良いも悪いもそこの社長さんの人柄次第なのです。
何度も言うようですが、一つの価値観にまとまること自体に意味はあまり無く、多様な価値観が混ざり合うことにこそ真の価値があります。誰か一人の意見をコンセプトにするのではなく、様々な考え方が混ざり合った上でのコンセプトこそが重要なのです。
その際に最も大切になってくるのが、混ざり合い共存していくその真ん中に一つの大きな柱を持っているということ。
そしてその柱というのはまさしく他でもない“自分自身”であり、天ヶ瀬の皆さんの中に脈々と流れ続けるものです。
きっとおそらく、今皆さんはやりたいことがやれなくてもどかしい状況だと思います。
しかしだからこそ、自分自身の中に埋もれ、既に持っているのに知っていない価値観を同時に見いだせるはずです。
私の場合はそれが『この湯治場をこの先数百年残す』という信念でした。
そして今皆さんはもうその路線に入っています。このままいけば必ずそれは見えてきます。これは決して理屈じゃありません。
その時はまたここでお互いの未来について語り合いましょう。私も逆に天ヶ瀬に行きます。その日を心から楽しみに。
今日は皆さん、改めて素敵な一時をありがとうございました!
◆終わりに~天ヶ瀬温泉と地獄温泉~
豊後三大温泉の一つに数えられ、1300年以上も前から人々の心と身体を癒し続け、そして2020年7月の九州豪雨による大規模洪水被害を受けた「天ヶ瀬温泉」
古くから湯治場として栄え、長きにわたり数多くの人々に愛され続け、そして2016年4月の熊本地震及びその後の土石流の被害を受けた「地獄温泉」
自然の脅威と自然の恩恵を互いに分かち合ってきた二つの温泉街。
もしかしたらこの二者には何の違いもないのかもしれません。
そして、地獄温泉青風荘の河津さんがかつてそうだったように、天ヶ瀬温泉で生きる今の私たちもいつかはその経験をこうして語り継いでいくその時が来るのかもしれません。
天ヶ瀬温泉の未来を時を超え垣間見た、まさにそんな瞬間でした。
その時はまた、皆でこの湯に浸かりながらこうして対話できればいいな。
河津さん、改めて本当に心から素敵なお時間をありがとうございました!
written by 天真
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