銀河通信 その8 Always Coming Home3

 なんだかにぎやかだなあ、お祭りでもあるのかな? そう思いながら目を開けると、昨夜身を乗り出して踊っていた窓の外の手すりが、なんだか見慣れない緑色になっている。そこに小鳥たちが沢山遊びに来ているらしく、鳥たちのコーラスがお祭り騒ぎのようだった。それだけではない。何だかほかの色々な生物のにぎやかな声があちこちからたくさん飛び交っているのだ。
 んん? 見間違いかな?
 目をごしごしこすって窓のほうを見やる。何度も。
「う、わあ……」
 私はベッドから起き出してそこに近づき、実際それに手を触れるまでは、まだ夢の続きなのかと思っていたけれど、今はもうぱっちり目が醒めていた。
 つやつやした緑色の大きな葉を豊かに繁らせたつる性植物が、びっしりと手すりに絡まるように繁茂しているのだ。それだけではない。外の景色も昨日とは一変していた。なんとそこには、まるで原始の森のような、大きな逞しい植物たちや木々の大海原が豊かに広がっていたのだ。
 砂漠地帯に突如、原生林が登場した。
 私は昨夜の即興演奏会を思い出していた。
 私たちが楽しく歌って踊ったチャントは、確か、失われた自然をよみがえらせる祈りだった。それでも私たちがそれを詠唱したからといってここまでなるわけがない。今までこんなの目にしたことないもの。たぶん、あの先住民のシャーマンの人たちの演奏や詠唱にも何かそれと同じような意味があって、それには特別大きな力があったのかもしれない。それらの相乗効果で、たぶん、こんなことになったんだろう。
 夜が明けてすぐのまだ少し肌寒い時間だったのでまだ人々は眠っているはずだった。
 じきに見つかって、大騒ぎになるかも……なあ……。
 私はぼんやりと真っ赤になって怒った司祭様や先生たちのかおを思い浮かべていた。
 もうほぼ叱られプロ(?)の私はいつものことだからいいけど(??)、セイルやランやギョク、それに、なんといってもあの先住民のシャーマンの人たちに迷惑がかからないといいけど……。
 うーむ、罰として謹慎しているはずの身としては、いかんともしがたいのが歯がゆいけれど、今の私にできることは何もないしなあ……。
 とりあえず、セイルにはこの風景を送っておこう。
 あとはセイルやみんながそれぞれに対処するだろう。
 私は夢時間を使って、彼にコンタクトをとった。
 シャンティの双子の能力のひとつに、互いに遠く離れていてもいつでも夢時間をつかってコミュニケーションがとれるという便利なものがあった。
 夢時間というのは、別の次元にある意識の精妙なスペースのようなもので、私たちシャンティはここに出入りすることでいろんな情報をやりとりするのだ。託宣も、ここに意識的に入ることでおろす。未顕現の種子や萌芽がいくつもここにはあるから。ここに自由に出入りしたり、そこでやりとりする精妙な情報を読み取ることや翻訳することには、それぞれ能力差があるけれど、たいていのシャンティは幼い頃から自然に仲間との遊びの中でそれらを身につけるし、学ぶ。
 セイルからはすぐに、今にも笑い出しそうに陽気な気分がそのまま送り返されてきた。
 この状況を楽しんでいるらしい。
 面白がっている……。
 これなら心配いらないや。
 とりあえずはらごしらえをしよう。
 私は顔を洗ってから備品のパンや果物をグリーンに彩られた窓辺で鳥たちと分け合った。
 それにしても壮観だった。
 どこまでも広がる、緑の海。木々の海。
 畏怖の念すら感じさせる堂々たる美しい原生林で、ひとが簡単に近づいたり入ったりできそうにない感じだ。それらはどうやら塔をぐるりと囲むようにして広がっているようだった。
 この塔自体につる性植物がぐるぐるからみついて、つやめく緑の大きな葉でびっしり覆われているので、もはやこの塔自体が大きな植物のようになっているらしい。大きな葉としっかりした太い蔓を、ぐるぐると、まるで緑の螺旋階段を描くようにして何重にも絡ませ合いながら、石造りの頑丈な塔を支柱にして天空にその新芽を伸ばしているのが、窓から身を乗り出して見渡してみてわかった。
「うわあ、すごい……」
 そこへ、一匹の顔が黒くて毛が白い小さい可愛いおさるさんが、蔓を伝って私の近くまでよじ登ってきた。私のことが珍しいみたいで、少し離れたところからじっとこっちを見ている。
 私は持っていたかじりかけのりんごを、葉っぱが重なってテーブルのようになっている少し離れたところに置いてみた。おさるさんはとことこと近づいてりんごを手に取り、そのままにおいを嗅いでからしゃくしゃくとその場で美味しそうに食べだした。
 うわあ、かわいい。
 子ザルかなあ。
 私はそのおさるさんの可愛らしい食事風景に見とれてしまった。
 おさるさんは満足したのか、そのままひょいっと身をひるがえして、たたたたと葉っぱの螺旋階段を降りて行った。それを見送った私は、出来心で(?)そのままなんとなく窓から外に出て、蔓につかまりながらどこまで行けるのかためしてみたくて、緑の螺旋階段を降り始めていた。脱走しようと思っていたわけではないが、結果、見事に私は塔の監禁部屋から脱出し、自由の身になって大地に足を着けていた。
 あ、出れちゃった。
 そんな感じで、あっけなく。
 やったぜ、自由の身だ。
 私はそのまま、辺りを少し散策してみた。塔の裏側がどうなっているのかも見たかったから。
 街が見えるはずのあいだの砂漠地帯には、塔よりもずっと背の高い大きな木々がびっしりと生い茂り、こちらから街の様子は見えなくなってしまっていた。樹海のように深く入り組んだ森林が広がっているのを見渡して、私はほくほくしていた。
 こりゃいいや。しばらく先生も司祭も近づけまい。しめしめ。
 動物たちがいるってことは食べ物や水はあるってことだし、そうとわかれば探検だ!!
 塔が見えなくなるところまでは入りこまないように気をつけながら、私は街とは反対側のほうの原生林へ足を踏み入れてみることにした。
 しばらく歩いてみて、不思議な感じに気がついた。
 まるで、植物や木々が道を開けてくれるかのように、目の前に次々と歩きやすい道が開けていくのだ。あれ、なんだか招待されているみたいだ。ひとを迷い込ませたい、いたずらものの精霊の仕業だったら困るけれど、でもそれもちょっと面白そうだ。どこまで連れて行ってくれるんだろう?
 どきどきしながら歩き進めると、開けた草原に出た。
 青々と茂る草原には一頭の美しい栗毛の馬がいて、草を食んでいた。
 きれいだなあ。
 少し離れたところで馬を眺めていた私は、そろそろと近づき、その馬が雌馬だということに気づいた。彼女は優しい大きなうるんだ瞳をしていて、額に白いひし形のような見ようによっては白い鳥がはばたいているようにもみえる模様があった。私をじっとその黒い大きな美しい瞳で見つめてから、彼女はまた草を優雅に食みだした。足に蹄鉄があるので人に飼われていた馬のようだけれど、逃げ出してきたのかもしれない。 
 私は少し離れたところに腰を下ろし、風にたてがみをそよがせる美しい彼女の姿を眺めていた。
 しばらくして、どこからともなく二頭の馬がやってきて彼女に走り寄り、そのまま三頭は仲良くじゃれ合いだした。お友だちかな? 平和なその風景を眺めていたら、口笛が聞こえて、その方角から一人の日に焼けた精悍な少年がやってきた。艶やかな黒髪についている飾りや身につけているものなどから昨日のシャーマンの人たちと同じ部族の人かもしれないと思っていたら、彼も似たようなことを考えていたらしく、にっこりして、昨日私やランが歌ったチャントの一節をハミングした。
 ああ、やっぱり。
「みんなびっくりしたでしょう?」
 私が尋ねると、彼は笑った。
「喜んでいるよ。たくさんの森の神が戻ってきたって」
「そうなら、いいけど」
 でも街のひとたちや支配階層の人たちはどう思っているかなあ、私はちらっと不安になりつつも、樹海のような緩衝地帯を思い出し、彼らも簡単にはここに手出しはできないはずだ、と思い直した。
「もしかして、昨日の演奏に来ていた?」
「うん、笛を吹いていた」
 言って彼は首から提げていた木の節をつないで作った笛を服の中なら取り出し、私の目の前で吹いてみせた。美しい音色。高く突き抜けるような澄んだ響き。ああ、昨日の笛だ。
「塔に閉じ込められていたの、君?」
「うん、そう」
 彼は笑って、私の手を取った。
「行こう。お礼をしないと」
「え? わたし何もしてないよ?」
「あの馬は僕の親友なんだ。でもひと月前に街に売られてしまった。ほとんど無理やり奪われたんだけど。じゃれている二頭は残された子供たちだよ。僕たちを再会させてくれたお礼をしたいから、一緒に来てよ」
「それはよかったけど、それ、わたしがしたわけではないよ?」
「何でもいいよ!」
 彼は楽しそうに笑って、そのまま口笛を吹いて、私の手を取って走りだした。
 突然現れたはずの森を勝手知ったる庭のように自由自在に駆け抜けていく。後から馬たちもとことことついてきたと思ったら、あっという間に追い抜かれてしまった。風のように走り抜けていった三頭の馬の後を追うように私たちは森のなかを駆け抜け、大きな滝のある岩だなに到着した。彼はそのまま滝をくぐるようにして、滝の裏側にある洞窟に私を導いた。
 思ったよりも中は広くて、明るい。
 光源が何なのかわからないけれど、とにかく中は明るく、とても広かったので辺りを見渡せた。いくつも奥へとつながる洞窟の入り口があるそこは、開けた居心地のよさそうな場所で、岩壁にそってぐるりと岩を削って作ったベンチのようなものが取り囲んでいる。中央には焚火のためのスペースが木を組んで作られていた。奥にあるいくつもの洞窟の入り口から風が吹いてくるので、洞窟は外へ通じているようだ。
 なんだか清涼感のある空間だった。
 滝の裏側ということもあって、ひんやりして気持ちが良かった。
 こころなしか、ちょっとミントやラベンダーなどの色んなハーブの香りもする。
「会わせたい人がいるんだ」
 彼はそう言って私を奥の洞窟の中へと導いた。しばらく通路のようなところを通って、また広いスペースに出たと思ったら、そこにもまた奥へ枝分かれするようにいくつもの洞窟の入り口があったけれど、今度はその入り口の中のいくつかには美しいタペストリーがかけられていて目隠しがしてあった。私の手を引く彼はその中のひとつ、金色の糸と青い糸で印象的な意匠を織り込んだ美しいタペストリーの洞窟へと私を導いた。
「ナギ。入るよ」
 すでに中に入ってから声をかけてますけど……。
 私は「おじゃまします」と小声で言った。
 中は明るく広く、質素な家具が幾つかあり書棚もあった。何気なく目をやった私は立ち止まる。そこには何だか見慣れた書物類があった。あれ? これって、礼拝所の古文書なんかにあるような本だよね? 私は背表紙に金箔で刻印されている礼拝所の意匠に目を止めた。
「よくきましたね。あなたは双子の片割れですね?」
 奥から背の高いきれいな長い金髪の男のひとが現れて、私の目の前で優しく微笑んだ。
 あれ、なんだかこのひと、どこかでみたことある……。
 私は目の前で微笑む中性的な美しい青年をじっと見つめた。
「あなたもシャンティだったのでは?」
 私が尋ねると、彼はうなづいた。
「私もあなたたちのように双子のシャンティとして礼拝所で学び、そのあとはいくつかの宮殿で司祭をしていました。今は片割れを亡くしたので、片子(かたこ)ですが」
 双子の片割れを何らかの理由で失ったシャンティは片子と呼ばれるが、何故か片子の殆どは、そのまま表舞台から引退するように隠遁生活に入ったり、祭事関係の仕事から一切身を引いて、まったく別の仕事をしたりするようになるのが常だった。彼もどうやらそのひとりのようだった。
「もともと私は先住民族の伝統文化に興味があったので、ここでお世話になりながらすきな研究を続けているんですよ。子供たちに言葉や街の文化を伝えたり、長老たちのために通訳をしたりもしますが、ほとんど街での暮らしは忘れてしまいました」
 そう苦笑してから、「私はナギといいます。あなたはフィンですね?」
「はい」
「昨日、ここにいる【風の馬】と一緒にセイルやギョク、ランとお会いしましたよ」
 彼は私のそばにいる案内人の少年を【風の馬】と呼んで、にっこりした。
 あ、そう言えば、自己紹介まだだった。
 私は【風の馬】に向かって、「私はフィンというの。それからここまで連れてきてくれて、どうもありがとう」そう言った。彼はにっこりして「塔に閉じ込められるくらいなら、ここでナギみたいに暮らせばいいのに?」とあまりに簡単に言うので、私は目を丸くした。
「え、そんな、簡単に? いいの? ここにおいてくれるの?」   
「うん、大丈夫だよ。みんなに紹介するからおいでよ」
 私は天から降ってきた幸運に踊りだしたいくらいだった。
 やったあ、あの窮屈なところから抜け出せる!!
 合わないところとはもうオサラバだ!!! 脱出だ!!!
 そう思ったらもう、礼拝所に戻る気はさらさらない自分に改めて気づいてしまった。
 あ、でも、セイルも向こうにいるんだった──どうしよう──私の表情が曇ったのに気づいたナギが
「昨日ここへやって来たセイルが自分から、ここにあなたを置いてもらえないか、と私を訪ねてきたんですよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。私は一時期、セイル専属の講師をしていたのです。彼は礼拝所にきた幼少時から優秀だったので、特別授業を組んでいました。その縁で、私は礼拝所を後にしてからも彼と連絡をとっていました」
「そうだったんですか」
「心配いりませんよ。じきにあの三人もここへ逃げてくるつもりのようですから」
 くすくす笑いながら彼はそう言って「ここはいいところですよ。さあ、ご挨拶にいってらっしゃい」と私と【風の馬】を優しく送り出した。

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