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言えなかった、愛してる

母が突然死んだ。

啓蟄、煙突の穴から白蛇が母を連れて空に進んでいく。

母の姿思い出そうと池に映る白蛇を見るも、池に投げ入れた花にどこからともなくアブラムシが無数に纏わりついて母の姿を記憶ごと隠す。

煙突の穴の中は真っ黒に煤け、奥底に母の抜け殻がカランと白く残っていた。

白く

カランと

軽い音で

燃え殻脱いで母は去った。

残るは焦げた煤の色や灰色の白黒の俺たち。

蛇は霧雲となり空に溶けて形を失った。

52才はまだ早いくないかい?

52才の母の顔は遠く、あの頃の夕げの匂いと母の顔しか思いだせない。

愛してる。

大切な事を言い忘れた、いや恥ずかしい自分が最優先だった。母はいつも許し、先にしてくれた。

俺は母よりいつも自分だった。だってこんなに早く…

母はいつもいつも自分を後回しに置いて人生を歩いてくれた。置いていかれた母にも今を生きていた母にも、愛を絶えず与えてくれた母にも…。

愛してる。俺は言えなかった。

カランカラン母の骨が鳴る。

母さん、愛していた。大好きだった。

いつから、素直に言えなくなったんだ。

愛してる。

カランカラン母の骨が鳴る。

水の膜のように寂しく聞こえる母の骨の音。

いつかの夕げの匂いが水に溶けて、俺の涙昔の母さん掠め取って行くなよ。後から形ぼやかす涙が恨めしい。

もう、母を探せない。過去の人の記憶から摘み出すだけだ。

家に帰りつけば、母の口紅で

"愛していました"

書いて、写真母の唇赤く紅を塗ってしまう。

取り返せない愛してるを俺は母から貰った。

引き返せない言葉はもう飲まずに、人へと愛する人へと注ぎ生きていかなくては。

愛してる。明日君に伝える必ずと、思いながら花瓶に水を足せば、花が愛を吸い上を向いた。

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