【オチ指定ショートショート】「一つこだわるとするなら、襟足はバリカンで」
以前インスタの質問機能で募集したセリフを、ラスト一行に指定して短編を書いてみようという試みです。
お題:「一つこだわるなら、襟足はバリカンで」
『血のにじむような愛』
「いやー、飲んだな」
バーからの帰り道、隣を歩く彼がつぶやいた。
彼とは一週間ほど前にマッチングアプリで知り合った仲で、今日が初めてのデートだ。会話をするうちにどうやらお互い近所に住んでいるらしいことがわかり、彼のほうから会ってみませんか、と持ちかけてくれた。
なぜマッチングアプリなんかを始めたのかといえば、もちろん出会いを求めていたからに他ならない。いや、正確に言えば、ただ愛されているという実感が欲しかったのだ。情熱的でほとばしるような愛に、私は飢えていた。
何もこれまで男性と付き合ったことがないわけではない。人並みに恋愛は経験してきたつもりだ。だけど、胸を張っていい思い出だったと言えるものはひとつもなかった。気持ちがだんだんと先走ってしまううちに相手から煙たがられ、いつの間にか関係が綻んでいるというのが常だ。それでいて素直になるのが得意ではない私は、こうしてアプリで誘い出してくれる男性と会っては、思うように盛り上がれずそれっきり、というパターンを繰り返していた。
「結構遅くなっちゃったね」
「すいません、送ってもらっちゃって」
今回こそ、といつも以上に気を張る私の口からは、そんな可愛げのない返事しか出てこなかった。色白で目鼻立ちのはっきりした彼の横顔をちらちらと見ながら、どうしたら気に入ってもらえるだろうと考えるだけで精一杯だった。
「だって心配じゃない?」
「何がですか?」
「知らないの? 最近このへんで若い女の人が襲われてるって話」
「へぇ、そうなんですね…」
片側だけが浮き足立ったような会話を続けるうちに、家までの距離は縮まっていく。このままでは、彼を部屋に招き入れるなんてことはおろか、二度と会ってすらもらえないことは目に見えていた。
「そ、そういえば」
私は思いきって、彼へ近づくために口火を切った。
「Kさんってどういうタイプの人が好きなんですか?」
「えー…っと。タイプとかはあんまりないなぁ」
「じゃあ、強いて言えば? 服とか、髪型とか」
「髪型だったら断然ショートかな。 ほら、なんだっけ。あのモデルの子くらいの」
そう言いながら彼はポケットからスマホを取り出し、モデルの写真を探し始めた。そっかショート派か、と私は肩甲骨まで伸びる後ろ髪をさりげなく触りながら言う。画面に夢中な彼の耳には、きっと届いていない。
「あったあった。これくらいがっつり刈り上げてるのがいいんだよ」
画面を見せながらにやにやする彼の口からは、人よりも大きな八重歯がのぞいていた。
「あんまり長いと噛みつくのに邪魔でさ」
◇
「急に短くするなんて珍しいね。何かあった?」
「いや、別に…」
翌日、私は朝一番で行きつけの美容院を予約した。
不思議に思われても仕方がない。やりすぎかもしれない。けれど、愛してもらえるなら、それがどんな形であれもう構わなかった。
「どんな感じにする? カラーでもしようか」
「んー、特に決めてはないんですけど…」
これで、もう一度彼と会えるだろうか。幸い、今日は曇りだ。
「一つこだわるとするなら、襟足はバリカンで」
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ありがとうございました。
スキをしてくれるとたまに韻を踏みます。