見出し画像

空を眺めることは好きじゃない。空は変わり続ける。いつのまにか形が変わって、色が変わって、暖かさが変わる。時間が過ぎていくのを、進んでいくのを感じる。

自分が何者にもなれなくても、時間は去っていくのだということを思い知らされる。もうここにはいられないということが、大切なものを置いていかなければならないということが、大人にならなければならないということが、悲しいほどに目に入ってくる。

小瓶を胸に抱え歩く。暗い松林を抜けると、いつもと同じ音で海が迎えてくれる。海は好きだ。海岸に座り、目を瞑ると時間は過ぎていないのではないかという錯覚を覚える。変わらない波の音、頰に当たり続ける風。僕はまだ大人じゃない、大切な時間はまだ失ってない、そう自分に言い聞かせる。

空の青さを望みながら目を開けると、自分のいる空間はすっかり瞑色に染まっていた。大好きな海も姿を変えていた。波に寄り、ポケットから小瓶を取り出し、そっと流した。小瓶は少しずつ、沖の方へ流れてく。波の音に乗っていく。時間は経たないと錯覚させていた波の音に。空の明るさと一緒に小瓶は消えていった。