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いつまで続くの、それ?

自己肯定感の高い人がいる。
そしてそれを延々としゃべって聞かせてくる人がいる。

私はそれが苦手だ。

1、2個であれば良かったねと言ってあげられるが、10分も過ぎる頃にはほとほと愛想がつきる。

ある年になれば、自分のそういった話をすることは恥じるようになるものであると思っていた。
なぜなら気持ち良く話せるということは、
聞き手に無理をさせていることに他ならないので。

自分がいかに有能であると他人から褒めそやされたかを手を変え品を変え語ってくれるのだが、本当の賢者はそれを他人にひけらかすことをしないよと心の中で呟いた。

会うとどっと疲れるタイプの人である。

こちらの顔色なんぞ見る気もないし、
そもそも気にもしていない。

会話の概念がまるで違っているのだと会うたびに感じ、こちらだけが疲弊する。

小難しいことなんぞ考えたくはないが、
生い立ちゆえに考えてこなければ切り抜けられなかった。

傷がない人たち特有の純粋さと想像力の皆無さの刃と言うものから、気付いたら直ぐに距離をとるべきだ。

同じ母国語を話すにしても、全く言葉が通じている心持ちにならない。


賢く思慮深い人とだけ
私は言葉を交わしたい。

個性があって素晴らしい、自分で誉められない人が日本人には数多くいます。それとと同時に自分の不快な気持ちも閉じ込めてしまう傾向も多く感じます。 私があなたの肯定感を高めるお手伝い、心の声を発掘するお手伝いをしたいと思います!!