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「君を忘れない」(ミーナ中佐生誕記念11.03.2019)

3月11日は、アニメ『ストライクウィッチーズ(ストパン)』のミーナ中佐の誕生日だ。
大好きなキャラなので、『ガールズ&パンツァー(ガルパン)』の逸見エリカの誕生日にしたように、二次創作SSをアップします。

誕生日当日の3.11はあの大災害の当日で、不謹慎な気もするので1日早く投稿します。

戦死したとされる彼女の婚約者が生き残っていたという設定で、彼の視点から書いてみます。

「君を忘れない」

パ・ド・カレーに来たのは、もう一年振りだろうか。

「久しぶりだなポム。ビールでいいか?」
「クルトだ。いい加減覚えてくれ」

廃墟の下の安酒場でマスターといつも通りの挨拶を交わす。
カールスラント人だからポム(ガリア語で「ジャガイモ」)、安直なニックネームだ。ここに残ってレジスタンスに参加するカールスラント人が他にいないから、親しみを込めて呼んでいるのだろうが。

カウンターのいつもの立ち席に着くのと同時に、灰皿とハイボールが出てくる。僕がビールはカールスラントのものじゃないと飲まないのを、長い付き合いで知っているのだ。それにウィスキーなら、劣悪な衛生環境でもなんとか保存できる。

「北の方を廻ったんだが、大した収穫はなかったよ。燃料があれば、ベルギカまで足を伸ばしたんだが」

偵察中に見つけたタバコを数箱テーブルに出し、自分用の一箱以外は奥に押しやる。飲み代代わりが半分、土産代わりが半分と言ったところか。開けたてのゴロワーズを一口吸ってから、安いバーボンで喉を潤す。

「日暮れが近い。他の連中もそろそろ帰ってくるだろう。もっとも、収穫なしはみんな同じだろうが」

封が開いている箱から一本取って吸いながら、マスターは無感動に言う。
足を負傷するまでガリア軍人だった彼は、レジスタンス活動の厳しさをよく知っている。無駄だと半ば気付きながら、何かしなければ居ても立ってもいられない男達の焦燥が、成果の乏しい毎日の活動の度に募るばかりなのも、充分過ぎるほど分かっている。

魔法力のない生身の人間が、ありあわせの小火器をかき集めて団結したところでネウロイには太刀打ちできない。最初の頃はネウロイの巡航コースにトラップを仕掛け、爆薬で撃破するなどの作戦もあったが、敵が学習をして引っ掛かりづらくなり、こちらの資材も尽きてきたのでもう行われない。
そのためレジスタンスの活動は、ネウロイの目を盗んで瓦礫の下に埋もれた生存者を救出したり、放棄された物資を回収したりするのが主になった。だがネウロイのガリア侵攻からもう4年、生存者の発見は絶望的で、生きている人の救出より、放置された亡骸を弔うことが多い。

虚しい。
活動家みんながそう思い始めていた。

それでも、やめるわけにはいかない。
男の意地、なんて格好がいいものではない。
目的も理想も見失ってなお、ルーティンワークのように無反省、無感動にこなす単調な戦場の日々が、僕らの「生」そのものになっていた。ここでやめてしまったら、自分自身のこれまでの「生」が無意味だったと認めてしまう気がして、許せないのだ。

「世の中には手段の為ならば目的を選ばないという様な、どうしようもない連中も確実に存在するのだ」

二本目のゴロワーズに火を点けながら、僕はひとりごちた。

「みんな来たら一曲やってくれ。奢るからよ」

缶詰めのソーセージとピクルスを開けながら、マスターは言う。
僕はヴィーナーを一かじりしてから置き放しにしてあるバイオリンを引っ張りだし、調律を始めた。

指揮者になりたかった僕は大抵の楽器は弾けたから、仲間が集まる夜はよく酒の肴に演奏したものだ。僕を含め多くの活動家はいろいろなアジトを点々とするし、任務から生きて帰れる保証もない。出会えた夜は、それだけで奇跡なのだ。その特別な夜に音楽を添えられるのは、まぁ悪い気はしない。

ピアノだけは、やらない。
昔ミーナに伴奏したのを、思い出すから。

「バイオリンもいいが、トランペットが聞きたいな。『ラ・マルセイエーズ』なんか盛り上がっていい」
「一人じゃ寂しいな。ジュアンとピエールが一緒ならな」
「ピエールは南に行ってる。ジュアンはまぁ、いつか会えるさ」
「…そうか」

マスターが誤魔化す時は、大体わかる。これ以上触れずに、僕は静かにレクイエムを弾いた。
一足先に向こうに行った、戦友に。

ネウロイの空襲を受け瓦礫の下敷きになっていたのを助けてくれたジュアン。
タバコを吸わなかった僕に、ゴロワーズを教えてくれたジュアン。
ジャズが好きで、トランペットとサックスでよくセッションしたジュアン。
大切な戦友の死を察しても、僕の心は不思議と平静だった。悲しむには、僕は多くのものを失いすぎた。

代わりに思い出すのは、故郷でミーナと音楽を勉強していた日々だ。ザルツブルクのモーツァルテウムへの留学を志望していた彼女とモーツァルトを研究した時期があって、遺作『レクイエム』ももちろん扱った。曲の規模的に二人だけでは演奏出来ないので、レコードを聞きながら楽譜を研究するのがもっぱらだったが。

「クラシックもいいけど、もう少しモダンな曲も良さそうだね」

ピアノを片付けながら、声をかける。

「そうね。でも学校では、基礎をしっかり固めたいの。応用はそれから」
「並行してやればいいさ。留学前の送別会に、いい曲を選んでおくよ。
それと、良かったら着てくれ。君の門出の晴れの舞台に」
「クルト…!」

渡した包みの中には、ビロードの青いドレスが入っていた。またひとつ大人になる彼女への、ささやかなはなむけ。
その日は、ミーナの誕生日だった。

しかし、あの青いドレスを着た彼女を見ることは一度も無かった。
ネウロイの侵攻でオストマルクが陥ち、前線に出るミーナと一緒に僕も行くと告げたあの夜、彼女が暖炉の火にくべてしまったから。
彼女なりの、決意だったのだろう。
ミーナの赤い眼に映る炎は、戦士のように燃えていて、孤狼のように淋しかった。

「ドレス、結局渡せなかったな…」

演奏を終えて酒を煽る。
空のグラスに、マスターは黙って酒を注ぐ。炭酸水を入れようとするのを制し、そのままでいいと告げた。

「飲み過ぎて酔っぱらうと、地獄でジュアンに笑われるぜ」
「ヤツにはそんな暇ないさ。魔女とよろしくやってんだろ。
それよりこれ、忘れてた。悪いな」
「魔女(ウィッチ)、ね…」

僕が渡したPPKを棚にしまいながら、マスターは表情を変えずに呟く。店では武器は預けるルールになっていた。レジスタンスは元軍人だけでなく、訓練が充分ではない素人もいるから、事故を防ぐためだ。

ロックのバーボンを口の中で転がしながら、タバコに火を点ける。
ミーナがいたら、酒もタバコも取り上げられるだろうな。
酔いが回った頭で、ミーナが頬を赤くして怒る姿を想像する。もしくは無言無表情で背中を向け、口を聞いてくれなくなるかも知れない。普段は優しく穏やかだが、本当に感情が昂ると取り付く島もない娘だ。

それでも、また、会いたい。

ガリアからの撤退が完了したら、ブリタニアで渡したいものが3つあった。

ひとつは、彼女の瞳と同じ赤い色のドレス。
燃やしてしまった青いドレスと同じデザインのものだ。
二つ目は、楽譜と詩。
流行歌『リリー・マルレーン』を、ミーナに合うように編曲し、歌詞もつけ直した。

このドレスを着て、僕のピアノでこの歌を歌う。
彼女が思い描いた夢とは随分異なるけれど、人々を守ろうといつも気を張りつめている彼女の心が、少しでも晴れれば、そう思った。

しかしドレスと楽譜、そして手紙は空襲の混乱でどこかに行ってしまって、手元にはない。二人で乗った車に置いたはずだが、その車ごとなくなってしまった。

だが三つ目のプレゼントは、今も肌身離さず持ち歩いている。これだけは、死んでも手放さない。
二人の永遠の愛の証、この指輪だけは。

三杯目を飲み終えた頃、用事で店を出ていたマスターが帰ってきて、先ほど近くの上空でウィッチとネウロイの間で戦闘があったこと、ネウロイは撃破され死傷者もいないが、念のため警報と外出禁止令が出されており、仲間達も今日は来ないことを告げた。
無人地帯に警報発令とはおかしな話だが、お役所仕事とはそういうものだ。

僕に四杯目を、今度はロックグラスに替えて注いでから、マスターはラジオの電源を入れた。
軍令では決まった時間帯には必ずつけるよう定められているが、今のガリアでは電波も電気も正常に入るかわからないし、憲兵の監視もないので普段はつけない。だが今日は空戦というニュースがあったのと、ネウロイ撃破によって通信状態が改善したかもしれない期待から、スイッチを入れたのだった。

しかし電波が悪いのか、雑音ばかりで何も聞き取れない。周波数をいじりながら、マスターは外で仕入れた噂を話してくれた。
ウィッチ達はブリタニアから発進してネウロイを迎撃したが、彼女達はブリタニア空軍所属ではなく、様々な国から集まった特別部隊らしい。岸辺に居合わせた人の話では、色々な国の制服を着たウィッチ達が空を飛び回るのを見たという。

一瞬、ミーナのことが頭をよぎった。
しかしマスターも伝え聞いていたミーナの特徴を話したが、彼女がいたかどうかまでは分からないと言われたそうだ。

そんな話をしているうちに、電波が良くなったのか、ラジオが音を伝え始める。
だが流れてきたのはニュースではなく、女性の「歌」だった。
それも、僕がよく覚えている、毎晩夢で聞いたあの歌声。

♪兵舎の大きな門の前、
街灯が立っていた
今もまだあるのなら
また会おう、並んで
そこに立とう
いとしのリリー・マルレーン

「ニュースじゃない、か。周波数変えるぞ」
「待ってくれ!」

普段大きな声を出さないので、マスターは少し驚いたようだったが、ただ事でない雰囲気を察したのか、ラジオをそのままにして店の奥に引っ込み、「僕ら」を二人きりにしてくれた。

♪二つの影は一つに
愛し合うふたりの姿
誰にでも分かる
みんなに見て欲しい
並ぶ姿を
いとしのリリー・マルレーン

一日だって忘れたことのない、この声。
ガリアでの戦闘の日々、合間を縫って綴ったこの詩。

ミーナは、生きている。
生きて、僕の歌を歌っている。

いつの間にか僕は、ラジオ越しのミーナの声に導かれ、涙を流しながら低く歌っていた。

「兵舎は焼け、大陸は落ちた
戦いの空はまだ続く、
君たちは飛び立ち
さよなら告げる
君と行きたい
いとしのリリー・マルレーン…」

溢れる涙で世界が歪む。
拭いきれない涙の泉の中で、さまざまな像が万華鏡のように反射する。
初めてドレスを贈ったあの日。
そのドレスが燃える火の前で、戦う決意を固めた夜。
ミーナが心配そうにこちらを振り返りながら、ガリアを発ったあの日。

そして今まさに、海の向こうのどこかで、あの赤いドレスを着て、僕の歌を歌っている彼女。

♪静かな大地の底から
君の唇が僕を呼ぶ
渦巻く霧の中
夜更けに僕は戻る
リリー リリー・マルレーン
リリー リリー・マルレーン

「Bravo, Minna」

静かに消えていく歌の余韻と一緒に涙を飲み込んで、僕は低く呟いた。

「奢りだ。好きにやってくれ」

裏から出てきたマスターがグラスを2つとシャンパンを一本テーブルに置いて、また奥に戻る。
僕はシャンパンを開け、両方のグラスに注いだ。そして今度は涙を拭き、姿勢を正して笑顔を作り、グラスを合わせながら心を込めて言う。

「Bravo, Meine Diva, Minna!」

合わせたグラスの柔らかくも凛とした響きが、ミーナの笑い声に聞こえた。

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