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なぜ小学校をやめたのかと言いますと。

 そんなこんなで入ったばかりの小学校生活をやめることにしたわけだが、しかしなぜ私たちが学校という当たり前の道からはみ出したか。

 幼稚園時代のミルコは、自主保育に通っていた。
 自主保育とは、幼稚園や保育園と違って、親たちが集まって交代で保育しながら、みんなで子育てをしていくところだ。活動場所は屋外が多く、子どもの自由な遊びを、一般的な幼稚園より大切にしているのも特徴である。
 そういう点では今流行りの森のようちえんとよく似ているというか、むしろ自主保育という昭和感漂う名前から見て分かるように、こちらのほうが歴史が古いわけだが、別にどっちがエライとかそういう話ではない。

 ミルコの通ったところは、親たちが保育にも入りつつ、有資格の保育士を雇って運営していた。
 園舎が無く、集合は近所の小さな公園。団地の集会所などを借りて、リズム体操やお絵かきもするが、基本的にはどこかの公園まで歩いて行って、そこで遊びお弁当を食べて、また歩いて帰ってくる。
 風の日も雪の日も夏の暑さにも負けずに、本人が入ってしまいそうな大きさのリュックサックに、着替えとお弁当と水筒を入れて道を行く。
 初めの頃、ミルコは預けるときに泣いたりたりして、
「あらあら、離れるのが不安なのね。お母さんが好きで、困ったわねぇ♡」
と思っていたが、すぐに慣れて見送りの親たちに背中を向けていた。鼻歌交じりですらある。子どもの成長は早くて喜ばしい限りだ。なんだよー、寂しいじゃないかあ。

 色んな公園や遊び場に歩いて行き、道端で草花を摘み、疲れたら休憩し、歩みの遅い子はひたすらゆっくり。
 保育の付き添いに入ると
「一体いつ目的地に辿り着くのかしら? あらまた虫を見つけたりして。今度は何かの部品を拾ったのね。うふふ、それもステキだけど、公園で遊ぶ時間がなくなっちゃうわよ♡」
と心配するほど、微笑ましく見守る毎日だった。ええい!はよ歩かんかい。
 その中には「疲れた~」と歩きたがらない子や、みんなのペースなんてお構いなしにドンドン行っちゃう子、順番を抜かしたと言ってケンカする子や、子どもだけでどっか行っちゃおうとする子などなど、いろいろな子がいた…というレベルではなく、そっちが多数派であった。そのうえメンタルも強い子が多い、なかなかの学年だったと言えよう。
 ミルコはどちらかと言えば大人を困らせない少数派タイプの子だったが、多数派タイプも大好きで、
「今日は☆☆くんがこんなことやってさぁ」
と楽しそうに話していたのだった。

 それが小学校に入って、
「クラスの○○くんと△△くんと××くんはバカだよ」
と言い出した。

 ミルコは出来事をわりあいきちんと覚えていて、周りのお母さん達から
「今日って宿題あった?」
と頼りにされる、典型的なしっかり者女子のタイプである。
 往々にしてそういうタイプの子は、自分に都合のいいように話をしがちだが、ミルコのそれまでいた場所は、あまり大人のモノサシで評価しない所だったので、何を言えば誰に都合がよくて誰に都合が悪いのか、そういうことを考えて物を言う能力が、いい意味で育っていなかった。
 従って学校での話も、粉飾されることなく割合に正確に伝えてくれていたように思う。

 その話もよくよく聞いてみると、その○○くんたちは、先生の言うことを聞かず、自分のペースで振る舞うことが多いらしい。その子たちの顔が浮かべてみると、確かに大人しく教師の言うことを聞くイメージでなく、活発ないたずらボウズくんたちだ。
 小学校に入ったばかりの、可愛いひよっ子さんたちである。
「へー、そうなんだ。先生はその子たちになんて言うの?」
「うーんと、『しょうがない子ですね』とか、『ほっときましょう』とか…。」
 先生がその子たちのことを馬鹿だと言っているわけではないけれど、問題児扱いされていることは何となく伝わってきた。
 ミルコの口からそんな言葉が出てきたのは、ものすごくショックだった。

(続く)


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