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人間関係リセット症候群

今はSNSで簡単に「トモダチ」が出来る。
ネット経由なんて希薄な関係かと思われがちだけれど、わたしの場合SNSで知り合ったトモダチと、買い物に行くしカラオケに行くし旅行の計画も立てるし頻繁に手紙交換までする。

わたしが「リアル」ではなくSNSのトモダチに交友関係の重きをシフトして行ったのには理由がある。

前回のnoteにも記述したけれど、わたしは壊滅的に人間関係の構築が下手である。

リアルの人間関係というのは本当に面倒くさい。
やれAさんがBさんと揉めたからAさんとは距離置いた方がいいだとか、又聞きの噂話を嬉嬉として広めてくるお節介やさんとか。

わたしはわたしの基準で「この人のこういうところ好きだから仲良くしたい」という至ってシンプルな理由で人付き合いをするのだけれど、それがどうやらそういった人たちには面白くないらしい。

相談に乗って、と言いつつ呼び出されて行ってみればこちらのアドバイスも聞く耳も持たないし、結論が決まっているのなら相談しないで欲しい。下手に相槌打とうものならまた巻き込まれてしまう。

そういうのを繰り返した結果、わたしは人間関係リセット癖に行き着いてしまった。
面倒だと感じたコミュニティほぼ全てブロック、もしくは私自身がアカウント削除してまっさらにする。
いくつかボタンを押せば、私は消える。

子供ならまだ喧嘩しても話し合って仲直りして、ということはできるだろう。

でも価値観が定着した大人が仲違いしたところで完全にお互いの価値観に合わせることはほぼ不可能だし、出来たとしてもどちらがが無理をしているだけ。いつか破綻する。

人生がまぁだいたい70年程度だとして、たったこの数十年をやれ仲違いだ仲直りだと時間をかけるのが正直言って面倒くさいのです。

今この世の中腐るほどSNSや友達作りアプリなんてあるわけで、別にまた1からつくればいい。

悩む時間がもったいないから、それならまた新しいコミュニティに飛び込んで新しい知識、新しいトモダチに囲まれてリセットした方が私には合っている。
素性もよく知らない。
だからこそ、相談や本音をお互い言いやすい。
リアルの人に告げ口されることがないから。

ただ、映画や小説で幼なじみ設定や、同窓会などを見ると少し心が痛い。しょうがないことだけど。

人間関係リセット癖は「逃げ」だと思われがちだけど、割と楽しい。
世の中色んな人がいるんだなって、今まで自分に対して「こうじゃなきゃダメだからわたしはダメなんだ」と思っていたとしてもそれをいきなりぶち壊してくる人も居る。

人として価値観や考え方はいくつになっても柔軟で居たいと思うので、これからもこうやって生きていくんだろうなって思います。

なんとかなる。たぶんね。

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