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イギリス大学院進学、私の1年間のスケジュール(後半)

 こんにちは、あめです。今回は上の記事の後半戦、7月以降のことについてお話しようと思います。

7月-8月

 夏です。夏といえば、夏休み。しかも学部最後の、貴重な貴重な夏休み。
周りが最大限に浮かれている一方で、私はこれ以上ないほど切羽詰まっていました。私のこの2ヶ月をひと単語で表すと"IELTS"。これに尽きます。

リーディング、スピーキング、リスニングで私が使用した教材、勉強方法などはこの記事まとめてあるので省かせていただきますが、(ライティングも書く!とか言いながら書けてませんね、すみません。早く書きます...) 当時はとにかく切羽詰まっていました。

12月に1回、6月に1回、8月に3回(!)受けたのですが、最初3回は全てO.A6.5止まり。リスニングやリーディングが7.5に達しても、ライティングが5.5だったりと、なかなか揃わない。スコアメイクにはかなり苦労しました。
実はこの時期の精神的状態はかなり不安定で、夜に何度も起きては自分の不甲斐なさ、そして未来の不安定さに対して泣きわめいていました。
「どうして自分はこんなに英語ができないの!」「研究どころか英語でつまづいて、海外の大学院に行く方が間違っているのかも...」挙げ句の果てには、「こんな自分が生きていていいのだろうか...」というところまで至っていました。

自分を責め、劣等感で苦しみ、それでも明日にはスコアが上がっているだろう、少しでも目標に近づいているだろう、と気持ちを立て直してようやく眠る。まさに暗黒時代ですね笑 そんな日々がが続いていました。

そこで支えになったのが、家族、友人、恋人、先生といった身近な人々の存在でした。
落ち込みだった私を頻繁に外に連れ出してくれ、「こんなに頑張っているのに高スコアをあげないブリティッシュカウンシルはおかしい。僕なら、9点どころか10点あげるのに」、「私がブリティッシュカウンシルにけりを付けてくる」などの名言でたくさん笑わせてくれた友人や恋人、"I know you can achieve your goals!!!" と何度も何度も言ってくれたIELTS専門スクールのD先生、そして「目標の点数まで、何度でも受ければいい」「点数取れなくても死ぬわけじゃないんだから大丈夫」と根気強く励ましてくれた家族。

全ての人々が私にとっての支えでした。ここに替えて感謝の意を表明させてください。本当にありがとうございました。

9月-10月

 月に3回のIELTS受験。費用、しめて7万5000円。1ヶ月で英語試験だけに7万5000円。狂気の沙汰としか思えません。しかし、当時の私は必死でした。その怒涛の勢いに、天下のブリティッシュ・カウンシルも恐れをなしたようです。8月の2回目でO.A7.0、8月の3回目ではO.A8.0を達成することができました。ようやくスコアメイク達成。この時点で、精神力も貯金も尽きかけていました。しかし、戦いはまだまだ続きます。

まず秋に頑張っていたのは、奨学金へのアプライでした。それに準じて、教授に推薦状の作成依頼をしたのも、この時期だったと思います。伊藤国際奨学金の出願を8月末に終えた直後から、JASSO奨学金と平和中島奨学金の書類作りにも励んでいました。その合間に大学が募集する小さな給付型奨学金も欠かさずチェックし、要件が合うものは片っ端から応募していました。

また、10月ほとんど全てをかけてPS作成に勤しんでいました。書いたらライティングが得意な同学科の友人に逐一見ていただき、フィードバックを得ていました。彼女には感謝してもしきれません。ありがとう、Nさん。
彼女の意見を踏まえた上で書き直し、そして学科の教授(ネイティブ)4-5人にアポを取って英語、そして内容の添削をお願いしていました。また、エッセイ添削の業者も2度利用しました。下にリンクも貼っておきます。

比較的低価格でしっかり見てもらえるので、オススメです!

Personal Statementで自分が意識していたことについても、需要があればまた別記事で書こうと思います〜

11月-12月

  大学院出願の話とは少し話がずれるのですが、少し卒論の話をさせてください。私の卒論提出は12月の初旬(7-10日)だったので、11月は卒論に全てを費やしていました。11月に入るまでの進捗は、夏頃からひっそりと先行研究を集め、少しずつ読んではいたのですが、本文はさっぱり書きあがっていないという状態。ちなみに私は卒論にインタビューを組み込んだのですが、アポは取れたが肝心の聞き取りはできていないという体たらく。

良い子は真似してはいけないのですが、私の場合は11月で決着をつけました。まず、インタビューは早急に行い、記憶がフレッシュなうちに文字起こしをしました。その上で毎朝書く字数を決め、それは必ず満たす。書いた字数を、毎日SNS上に記録する。シンプルでしたが、それが一番効きました。

おかげで約3万5000字の卒論を無事に書き終え、少しは余裕を持って提出することができました。終わった瞬間は嬉しくて「あ〜〜〜〜〜〜」と大きなため息をついたことを覚えています。全部出し切りました。爽快だったな〜〜

大学院アプライの話に戻ります。私はBEOの出願代行を利用していたので、エジンバラ 、バーミンガム、SOAS、グラスゴー、ブリストルの出願が11月末には完了できていました。また、個人でリーズにも出願していました。
なので、やらなければいけなかったのは、エージェントを通して出願することが認められていない大学、LSEの出願準備でした。

しかし、肝心の12月中盤〜後半に何をしていたかというと... のんびりしていました。恋人と六本木のイルミを見たり、友人とディナーを食べたり。
存分に食べ、眠り、好きなことをし、久々に何からも終われない、楽しい時間を過ごしていました。

本当は一刻も早く出願準備をせねばならなかったのですが、とにかく現実逃避をしたかったのだと思います。この時期にはリーズとバーミンガムの2校からオファーを頂いていたため、お祝いモードだったのもあります。リフレッシュは大事ですし、全く後悔はしていません。ただし、後にそれが痛手となってしまうのですが...

1月 (ここから1ヶ月ずつ振り返ります)

  2022年!新年の幕開け!なのですが、私には積み残しが残っていました。しかも特大のやつ。LSEとUCLの出願です。

出願当初から第一志望群にあったLSEは、個人でのアプライが必須でした。(オックスブリッジなどのトップ校でも同様です)
UCLはエージェントを通すのかどうか定かではないのですが、リサーチしているうちに"MSc Migration Studies"を設置していることを発見し、面白そうなコースだと感じたのでアプライすることに決めました。

正直なところ、この辺りは受験で結構疲れ切っていましたし、一旦休んだので緩んでもいました。その上、1月の初めにSOASからもオファーを頂いており、とりあえず英国大学院進学はできそうだという安心感もありました。そのため、LSEとUCLのPSは、当初に比べたらあまり力が入っていなかったように思います。添削も最小限でしたし、受かればいいな〜くらいの気持ちでアプライしたのを覚えています。

あとは...奨学金にことごとく落ちました。伊藤国際、JASSO、平和中島、書類の段階で全て落ちたのはこたえました。トリプルパンチでした。面接くらいは行きたかった... 資金面での不安が一気に高まった瞬間でした。それから、1月中盤からオファー通知がばったりと途絶えたので、不安は加速しました。

これまで色々あったのですが、せっかちな私にとってはオファー待ちの期間が一番苦しかったです。日本の合格発表なら、「3月18日午前11時」のように時間単位で決まっていますし、遅れは1分でもあり得ません。しかしイギリスの大学院からは、いつ合格通知が得られるかが文字通りわからないのです。

それは、まるで終わりがないトンネルのよう。ここで夜中の不安症が再発し、何度も起きてメールを確認し、「今日も来てない...」とがっくりしながら眠る...という日々が続きました。イライラしても早く通知が届かないということは十分理解していたのですが、一睡もできない夜もしばしばありました。

2月

 2月の頭、LSEからの不合格通知が届きました。悔しいというよりも、「ああやっぱりな...」という気持ちが先に出たのが情けなかったです。実は1月にPSを書く段階から学科とのミスマッチをなんとなく感じてはいたのですが、そのまま押し切ったら、やはり不合格でした。少し泣きました。

そのあとは、しばらくぼんやりと過ごしていました。
オファー受諾期限が迫ったいたのもあり、オファーをもらった中では最もコース内容が面白そうだったバーミンガムの進学を考えていました。

その矢先、UCLから"Update on your Potrico (出願ツール)"という通知が届きました。恐る恐る開くと、なんとオファーが来ている。これはかなり嬉しかったです.....
その後、そう長くは待たないうちに、スコットランド2校(グラスゴー、エジンバラ)からも返事が届きました。ありがたいことに、両方からオファーを頂くことができました。

エジンバラは最初から志望が高かったのでかなり悩んだのですが、コースの専門性やモジュールの内容、立地などを考慮した上で、UCLにしようかなと思っています。こうして、2022年から2023年までの1年、ロンドンでの大学院留学が決まりました。

まとめ

 長くなりました。まとめます。

私は大学院進学の中で、大変多くのことを学びました。最初に述べたいのは、支えてくれる周りの人の大切さ。ベタベタのベタなのですが、これは明確に言わせてください。長い出願プロセスにおいて、周囲の理解と(精神的・経済的)支えは不可欠です。特に落ち込みがちな時や辛い時でも寄り添ってくれる人、ましてや応援してくれる人は生涯の宝です。大切にしましょう。

それから、オン・オフをつけることの重要性です。大学院出願は長い戦いです。ジリジリと精神がすり減られるような毎日が続きます。そうするうちに、自身でも気づかないうちにエネルギーが消耗されていくのです。ぜひ意識的に休みをとって、心と身体を休ませる時間を作りましょう。燃え尽き症候群を防止するためでもあります。合格して、解放されて、大喜び...してもいいし、するべきなのですが、学ぶのをやめてはいけません。あくまで大学院進学はゴールではなく、スタートなのです。

ここで、出願期間で最も大事なことを言わせてください。それは忍耐力です。これは、すべての局面に言えることができます。IELTS のスコアは一朝一夕には上がりませんし、オファーもすぐに出ません。悩ましい日々が続きます。
特にオファー待ちは、一番短かったリーズでも1ヶ月、長かったエジンバラは3ヶ月も待たされました。私はその間に追い詰められてしまいましたが、同じ道を歩んで欲しくはありません。趣味、好きなことをたくさん持っておきましょう。新しいことにチャレンジしてもいいですね。没頭できるようなことを持っている人は強いです。


こんなに長い記事、ここまで読んでくださってありがとうございます!
そして最後に、この場を借りてまたお礼を言わせてください。
泣いてばかりだった私を応援し、支えてくださった全ての皆様に感謝します。本当にありがとうございました。

それからもう一言。これはこれから目指す人たちへのエールです。
効果が出るのはゆっくりかもしれませんが、力を注いだ経験は後々生きてきます。諦めず、辛抱強く取り組んだ人が最後に報われます。全ての海外大学院受験生に幸あれ!!!!

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