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【後編】2022年度、海士町未来共創基金では2つの事業が採択されました

2022年度、海士町未来共創基金では2つの事業が採択されました。1つは、向山さんの「海の魅力と安心をつなぐマリンサービス事業」、もう1つは、掛谷さんの「近くで作って近くで飲む牛乳生産事業」です。

海士町未来共創基金(運営:海士町未来投資委員会)とは、島の未来につながる事業への投資・共創を行うため、2020年12月に設置された基金です。日本全国のみなさんから応援いただいた海士町へのふるさと納税(年間全納付額の25〜30%程度)を活用し、新たな挑戦を支援します。

 この記事では、「近くで作って近くで飲む牛乳生産事業」を紹介していきます。

 この事業は、「近くで作って近くで飲む」をコンセプトに、地域の放牧場を利用した乳牛の放牧、また牛乳・その他加工品の製造販売する事業です。

株式会社まきはた 掛谷 祐一さん これから整地予定の牧場にて

 この事業では、生産と消費の顔が見える好循環を大事にしており、掛谷さんは、個人のビジネスとして牛乳を生産していくことにとどまらず、「食料の小さな自給経済圏」を作り上げることを目標にしています。

 掛谷さんは、16年前に大阪から海士町へ移住し、移住後は一貫して黒毛和牛の子牛生産事業を行っています。

ーー掛谷さんはなぜ海士町への移住を決めたのでしょうか。

掛谷さん:

 両親が飲食店を経営しアジア料理を出していたため、アジア地域に関心があり、大学ではアジア文化経済を学びました。

 アジア地域と日本とでは生きている前提が違うことに気づいていく中で、私の暮らしが、目に見えない犠牲の上に成り立っているのではないかと感じ始めました。

 人間が生きていくにはまずは食べること。大量消費の国では、外国から食料を輸入した方が、安いから輸入をするけれど、それによって、輸入先の地域へ何かを還元しているわけではない。

 食料を輸入する側だけが得をして、生産側には負荷も多いのではないかと。このような状況は、不平等だと感じていました。

 それを解決するためには、何も犠牲にすることなく食すことができる環境が必要ではないかと。それを農業を通して実現できないかとずっと考えていたのです。

 そう考える中で偶然海士町を訪問し、そこでは自給自足的な生産が行われていました。何かに頼らず自分たちの生活は、自分達で面倒を見るという暮らしがありました。この島で自分が考えていたことの答えを見つけられるんじゃないかなと思い移住を決めました。

ーー移住後、掛谷さんは、畜産業に携わります。海士町の畜産と、掛谷さんの問題意識はどのように結びついたのでしょうか。
 
掛谷さん:

 牛の育て方が隠岐は特殊です。本土では牛舎に閉じ込めて一生その中で飼う方法ですが、隠岐は牧畑(*)で穀物を育てつつ牛を育ててきました。農業技術のない時代に、山でできるだけ多くの食料を育てるための方法が牧畑でした。外から持ってきた知識に基づくサステナビリティではなくて、1000年前から現地に蓄積されてきた知識で生産されています。

(*)牧畑は、限られた土地を活用するために、同じ土地で牛馬と穀物を交互に育てていく牧畜方法。海士町のほか、西ノ島や知夫村を含む島前地区で行われている。(隠岐ユネスコ世界ジオパークHP

 掛谷さんは移住後、地域の先人たちから山で牛を飼う牧畑を教わり、現在は年間20頭前後の子牛を出荷しています。
しかし、大量生産と安定供給という市場の要求を満たすため、飼料となる穀物や牧草の大部分を輸入資源に頼らざるを得ないという日本型の工業型畜産の現実に直面しました。

 そうした飼料は、どこでどのように生産された飼料なのかが細部まで分かりません。また飼料のための穀物生産は、その生産地の土壌の劣化や流出、有機物の分解促進による土壌中炭素の放出(温室効果ガス)など地球規模での環境悪化に拍車をかけていることが知られています。

 消費者にとって普段の生活では「国産」で「安心・安全」な畜産物に疑問を持つ人は多くはないかもしれません。しかし肉牛生産の現在のシステムでは、生産者と消費者が互いの顔を見ることはほとんどできず、肉牛生産は、生産者も消費者も、どこからきて、どこへ行くのか全体像が分からないという「食料生産の外部化」に拍車がかかっています。

掛谷さんは次のように説明します。

掛谷さん:

 畜産は、飼料の輸送や牛のゲップなどで出る温室効果ガスなどが問題視されて風当たりの強い産業になっています。今の時点でも畜産は持続可能ではありません。

 現場にいる人間が変えていかないといけない。牛を飼うことで、サステナビリティとして今の時代に受け入れやすい形にしながら変えていきたいと思っています。

掛谷さんは、隠岐で受け継がれる牧畑の生産システムを発展させ、牛乳生産事業を通して「食料の小さな自給経済圏」をつくり上げることを目標とします。

ーーこの「食料の小さな自給経済圏」をつくることでどのようなメリットがあるのでしょうか

掛谷さん:

 環境面では、「牛が海士町産の無農薬の牧草を食べることで、糞尿し、それにより土壌が自然と改良されて良い草ができる」という好循環につながります。飼料を島外から輸入する際のCO2も削減でき、牛乳が売れれば売れるほど環境が再生されていきます。

事業目的
・あるものを活かし切る農業生産
・食料の生産者と消費者の距離を近づける

 経済面では、島の牛乳生産事業者の所得を向上させたり、チーズやアイスなどに加工することで、産業や雇用を創出することが期待できます。また飼料を島外から買ったり、牛乳を島外から買うことなく、島外にお金が流出するのを防ぐことができます。

 社会面では、海士町に暮らす住民が乳牛に関わる機会を増やせることで、新たなコミュニティが育まれたり、子どもたちの教育・食育にもつながります。

 島にあるもので生産した牛乳は、誰もが犠牲にならず循環を続けるモデルなのです。環境に関心ある島外の消費者や企業、行政などをつなぎ、関係人口の獲得にもつながります。

 今回、事業を通して販売予定の牛乳は、良質な土壌から生える無農薬の牧草だけを飼料にし、家畜にストレスの少ない放牧牛から生産されます。これらは牧畑農業の歴史を持つ隠岐だからこそできる高品質の牛乳なのです。

 放牧による酪農は、海士町がかかげる、美しい里山里海づくりにも貢献します。

ーー事業が本格的に開始されるにあたって、現在の想いや意気込みを聞かせて下さい。
 
掛谷さん:

 資金を獲得する申請書を出すのは初めてで、申請する際に色々な人に知恵を貸してもらいました。牛乳ができたらその皆さんに飲んでもらいたいです。

 また、牛乳を生産する作業にも消費者の方々に関わって欲しいです。生産者と消費者という区別はあまりしたくないですが、皆で作る楽しさを分かち合えるようなプロジェクトにしたいと思います。


子ども達が、牧場を見学しにきている様子

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