好き過ぎて手放せない! 私の一押し歴史小説BEST5  ~京大歴女のまったり歴史講座⑧~

まったり歴史講座番外編!本日は歴史小説。


歴史について知りたい、楽しみたい…けど新書は少しハードルが高いというそこのあなた、まずは歴史小説を思う存分楽しんでみてはいかがでしょうか?

この連載を始めてから、ありがたいことに何度か、周囲から「おすすめの歴史小説を教えて」というコメントを頂きました。
お言葉に甘えて、好きな5冊を勝手にプレゼンしちゃいます。

………といっても、数ある作品の中から5冊のお気に入りを選ぶのは至難の業。古代、幕末、中国、ヨーロッパとジャンルを分けて選びました。
あまりにマニアックな時代・人物の作品はできるだけ外したつもりですが、後半に行けば行くほど趣味が炸裂した記事になっている(?)のはごあいきょう。

「恋歌」
著者:朝井まかて
主人公:中島歌子(樋口一葉の和歌の師)
時代:幕末~明治

第150回直木賞受賞作、「恋歌」。
私が本作と出会ったのは直木賞の選考前ですが、1ページ目を読んだ瞬間に情景が鮮やかに眼に浮かび、「これは直木賞を獲る!」と直感的に思いました。
主人公の中島歌子は5千円札のヒロイン・樋口一葉の歌の先生。でもそんな事実を知らなくても、「恋をしたひとりの女性の物語」としてじゅうぶんに楽しむことができるでしょう。
作品のテーマは、「憎しみの連鎖をどう断つか」。
一途な恋を叶えたお転婆娘の登世(のちの歌子)。しかし幸せはつかの間。嫁ぎ先の水戸藩は、藩を二分した内戦に突入します(天狗党の乱)。混乱の中で夫を殺され、自分も投獄され、拷問された歌子。
――もう、自分と同じ苦しみを味わう人を出したくない。
繰り広げられる憎しみと復讐の連鎖を止めるため、歌子は死に臨んで、ある決断をします。その決断とは何か?ひとりでも多くの人に手に取ってほしい作品です。


「孟嘗君」(もうしょうくん)
著者:宮城谷昌光
主人公:孟嘗君(本名・田文/でんぶん)
時代:中国の戦国時代(紀元前300年ごろ)

わたしが一番好きな作家・宮城谷昌光先生。先生の作品は片っ端から読み、好きな宮城谷作品だけでベスト10が作れてしまうくらい。そんな私ですが、今回は悩みに悩んで一作品に絞りました。
数ある名作の中で「孟嘗君」を選んだ理由は、伏線がたっぷりあって(ラストシーンにまで!)、エンタメとしても最高に楽しいこと。新聞連載をしていた作品なのでとても読みやすいこと。もうひとつ付け加えるなら、準主役の白圭(はくけい)が最高にいい男なこと(人を助けることで自分が助かるという彼の思想と生き方は、かっこいい、では言い足りないですね)。
主人公・田文は、生まれたばかりの時、ある理由で殺されかかります。彼の母は息子を救うため使用人に赤子を託します。幼い田文は通りがかりの好漢(後の白圭)に助けられ、彼と共に諸国を巡ることに…。主人公の成長と、風雲急を告げる戦国時代の情勢、そして作者の張った伏線がみごとに絡み合って、読者を飽きさせません。


「ハプスブルクの宝剣」
著者:藤本ひとみ
主人公:エドゥアルト(架空)
時代:18世紀前半のヨーロッパ

マリー=アントワネットの母、オーストリアのマリア=テレジアをご存知でしょうか。
この作品の舞台は、若きマリア=テレジアが歴史の表舞台に姿を現した頃のオーストリア。
しかし主人公はマリア=テレジアではなく、一人のユダヤ人です。
主人公エドゥアルトは自分のユダヤという生に苦しみ、名前を変え、信仰を捨て、オーストリア人として生きようと決意します。思わぬ出会いからフランツという主君を得、宮廷に出入りできるようになったエドゥアルト。持ち前の機転で手柄を立て、美しい女君主テレーゼ(マリア=テレジア)の愛と信頼を勝ち得たのもつかの間、ユダヤという秘密がテレーゼに知られてしまいます。その頃オーストリアには隣国プロイセンが侵攻。エドゥアルトはオーストリアのために戦い、テレーゼの心を取り戻そうとするのですが…。風雲急を告げるヨーロッパ情勢を縦糸に、マリア=テレジア(テレーゼ)への道ならぬ恋情を横糸に、紡がれた物語は実に緻密で繊細。資料を駆使した時代考証も見事です。
又、ユダヤ人差別の実態を生々しく描いたことに、作者の意欲を見て取るべきでしょう。物語中、ユダヤ、という生まれのために、何度も成功への道を阻まれる主人公。認められたいという渇望と、それが満たされない残酷な現実。この作品は、上質なヨーロッパ史劇であるとともに、自分の拠り所、アイデンティティを探して苦しむひとりの若者の物語でもあるのです。


「美貌の女帝」
著者:永井路子
主人公:元正天皇(=氷高皇女/ひたかのひめみこ)
時代:奈良時代

まさに、私の青春のシンボル!中学生時代、何度読み返したかわからない作品です。永井さんの直木賞受賞作「炎環」も最高に好きですが、私の一押しは「美貌の女帝」。
主人公はなんと奈良時代の元正天皇。大仏をつくった聖武天皇の一代前の天皇です。教科書では影の薄い天皇ですが、そんなイメージなど吹き飛ばしてしまうくらい、物語の彼女は魅力的。
彼女・元正天皇を、(母系の血筋を辿って)「蘇我の女の生き残り」として描き出したのがこの作品の最大の特徴。奈良時代のはじめ。ひたひたと勢力を伸ばす藤原氏と、滅びゆく蘇我氏とのせめぎ合いが、物語を通して描かれます。
人一倍美しく、聡明に生まれた皇女・氷高(ひたか)は少女の日、緊迫する政治情勢の中で、みずからの使命を悟ります。結婚という平凡な幸せを捨て、玉座に登った彼女を待っていたのは、生涯を賭けて藤原氏と戦う運命でした…。
「美貌の女帝」というタイトルに込められた意味、それは彼女の容姿の美しさだけではありません。政争に敗れ、苦境に追い込まれても、凛と胸を張っていた主人公の「生き方の美しさ」。これこそが筆者が一番伝えたかったことではないでしょうか。
永井路子の作品にはじめて触れたのは、小学三年生の時。「女帝の歴史を裏返す」という本で、平易な語り口が魅力的でした。それから彼女の小説を、片っ端から読んだなあ。永井史観には賛成できる部分も、そうでない部分もあるけれど、歴史の影に埋もれた女性たちに光を当て続けた、彼女の姿勢は心から尊敬しています。


「旋風は江を駆ける」
朝香
主人公:周瑜(しゅうゆ)
時代:中国の後漢末期

ライトノベルをまったく読まない私ですが、この作品だけは唯一の例外。それがこの作品にはじまる一連の作品群、いわゆる「かぜ江」シリーズです。ライトノベルと侮るなかれ。筆者の歴史への愛、そして史実の間にせつない物語をつむぐ才能には、眼をみはるものがあります。舞台は「三国志」で知られる後漢末期。無二の親友周瑜(しゅうゆ)と孫策(そんさく)の、時にぶつかりながらも同じ夢を目指す、熱い友情が描かれています。
ひしひしと感じるのは、これは女性にしか書けない物語だということ。「三国志」を題材にした小説は世の中に数限りなくありますが、ここまで細かい心理描写にこだわった作品は他にあるのでしょうか。女性ならではの、繊細な感性が余すところなく発揮されています。
主人公・周瑜はあまり多くを語らない人です。自分の内にある感情は語らず、むしろ胸の中に抱え込む。だからこそ、「言葉にできない感情」を朝香さんは実に丁寧に描いています。
一例を挙げるならは、主人公・周瑜が無二の友孫策を失ったあとの描写。この作品の続編で描かれる部分です。主人公にも関わらず、周瑜が親友の死を嘆き悲しむ場面は一度もありません。
その代わり、朝香さんは周囲の人物に語らせます。
親友が亡くなってから、あの人は自ら楽器を手に取ることはなくなった、と。
歴史上では、音楽の名人として知られる周瑜。そんな彼が、楽器を弾かない、いや弾けない。このたったひとつの描写が、どんな涙のシーンよりも切実に、主人公の哀しみを浮き彫りにしてくれるのです。
せつなくて、いとおしくて、胸がきゅっと締め付けられる。そんな感情を味わえる作品です。(現在は絶版)


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