懺悔、懺悔。

人に言えずにいたこと。

それは、夫とインターネットで出会ったということだ。

正確には某SNSで声をかけられた。そんな出会い方だとバレたら、みんなに、そりゃビザ狙いで近づいてきたんだと後ろ指を指されても仕方ないだろう。

だから、言えなかった。

私も心のどこかでは、ビザ狙いかもしれないと薄々気づいていたのかもしれない。でも、信じたかった。いや違う。信じられなくても、君と結婚したいという彼の言葉を呑んでみる気になったのだ。それは、疲れていたから。

私は疲れていた。親からの期待に。結婚して欲しいという無言のプレッシャーに。母はいまだに、大学生の時から5年付き合った彼氏の名前を出してメソメソする。もう20年近くも前のことだというのに。あの彼と結婚していたら、今頃どんな人生を送っていただろう。今思い出しても、最初のボーイフレンドだった彼と付き合っていた時が、私の一番幸せな恋愛だった。すぐ不安になる私を笑ってくれて、支えてくれた。どうしてあんな相性のいい人を振ってしまったのか。でも答えはわかっている。私は、自分の足で人生を歩きたかったのだ。エリートコースの彼の仕事に振り回されるままに生きるのではなく、自分の意思で自分の行きたいところに行き、やりたい仕事をして。彼と付き合っていたら、この国に移住することはなかっただろう。一人で孤独だったけど、孤独だからできたこともたくさんある。だが、親から見れば、私はたった一人で何でもやらなくてはならない、かわいそうな娘だったのだ。

私は疲れていた。コミットメントをしないこの国の男たちに。事実婚が主流のこの国では、結婚なんて年齢でするものでもないし、子供ができたからするものでもない。結婚してもしなくても、人生において大した違いはないと考えているこの国の人々に、日本人の私が親から感じているプレッシャーを説明しても、どこ吹く風なのだ。結婚したいと思っても、何十年待たなくてはいけないやら、見当もつかなかった。

そう、私は今思い出しても顔から火が出るくらい、結婚したかったのだ。小さい頃から勉強はできるけどブスで可愛げがないと思われていた私、どうしても、どうしても、両親に、親戚たちに、私だって男に愛されることができる女だって認めさせたかったのだ。どうしても、結婚という形で、意気揚々と日本に帰ってきたかったのだ。ウェディングドレスが着たかったのだ。

言い訳がましいけど、私だってモテないわけじゃなかった。結婚をする気になればしてくれただろう男性と付き合ったことも何度かある。だけど、最高につまらない恋愛だった。彼らは良くも悪くも平凡で、世間でいいと言われていることを全て鵜呑みにして生きていた。優しい人だったけど、怖いものが多すぎた。私自身も、彼の怖い妻になっていくんだろうなと思った時、馬鹿馬鹿しくなって別れた。

私は、自分をインスパイアするくらいスケールの大きい男に出会いたかった。そして何より結婚したかった。父に夫を会わせた時のことが忘れられない。片言の英語で意思疎通する夫の肩を抱いて、父は本当に嬉しそうだった。私の人生の中で、嬉しそうな父なんて数えるほどしか見たことがない。そうか、と思った。私は、自分の力では両親を喜ばせることができない娘だったんだ。私は結婚することだけが親孝行だったんだ。それがわかった時、自分の人生に対するむなしさでどっと疲れが押し寄せた。

夫は自分の国では有名なミュージシャンだと言っていた。ワールドミュージックが大好きな私は大興奮した。彼の名前はWikipediaにも載っていた。でもYoutubeで彼の作品を見つけることはできなかった。どうしてなのか、本当にミュージシャンなのかと問い詰めると、彼は4年前に全て削除したと言った。イスラム教徒が中心の彼の国で、彼はスピリチュアルティーチャーをしていると。だから過激派に狙われて、コンサートで自爆テロが発生したりしたのだと。彼は宗教を超えた愛を信じていると言い、身の安全の確保できる国でもっと創作活動がしたいのだと言った。彼の言葉を全て信じたわけではなかったけれど、彼を訪ねて行き、彼が本当に有名なミュージシャンであるらしいことを確認した時、私は、これでいいかな、と思った。彼を助けたいと思った。私を愛してるっていう言葉が本当かどうかわからないけど、彼が世界に羽ばたく人なら、その手伝いをしてもいいんじゃないかって。

今となっては、彼の言葉が全て本当かどうかなんて、もうわからない。

どうでもいいのだ。懺悔。それは、私がひたすら、結婚したかっただけってこと。そして、ひたすら、愛されたかったってこと。

結婚して、離婚して、たくさんの人に迷惑をかけてしまった。本当のことをうまく話せずに、自分の中にたくさんの秘密を作ってしまった。愛されたいと望むことは罪じゃないはずなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。そして私はまだ、離婚したことはおろか、結婚したことさえ人に言えずにいたりする。いずれみんなが、私のことなんて聞くのをやめてくれればいいのに、と思いながら。



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