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3分30秒SFBL小説『科学者とピアニスト』

「――というわけで、僕は僕を殺したんだ」
「朝食に何を食べたか告げるような口ぶりだな」
「マフィンだよ。あとたっぷりのスクランブルエッグ」
「ふざけるなよ」
 科学者は眼鏡を外し、眉間を強く摘まんで「ピアニストという人種は、決して人を殺さないものだと思っていた」ため息を吐く。ピアニストは口角を上げ「言ったはずだ。1mmでも僕より劣っていたら処分するって」
「自分で自分を殺すなんてどうかしている。どうして事を起こす前に相談しなかった?」
「相談したら、作ってくれたのか?」
「何を?」
「死体消滅装置」
「状況を理解できていないようだな?君は殺人者なんだぞ!」
「他人を殺したわけじゃない。自分を殺したんだ。それとも何か?合衆国憲法には『自殺した者は死刑に処す』なんて戯けた――」
「死体は?」
「……バスルームにある」
「そうか。取り合えず私の研究室に運ぼう。酸で溶かしてしまえばいい」
「流石は僕の恋人!」
「……元恋人だ」
「僕は今でも、君のことを愛している」
「……」
「怒ってるのかい?」
「ああ、怒っているとも。君があのクソビッチ女優を寝取った件で週刊誌に載った時と同じくらいね」
「おいおい、その話はもうしない約束だろう?」
「約束?……ははっ約束?!君が一度でも約束を守ったことがあるか?」
「永遠に君を愛すと約束した」
「破ったじゃないか!あれから私は、何度も死のうとしたんだぞ!でもできなかった。私には研究を続ける義務がある」
「約束は破ってない。だって、『君の他に誰も愛さない』とは誓っていないから。僕は、君とあの女、二人を永遠に愛し続けるのさ」
「呆れて物が言えない。いいか?これだけは理解しておいてくれ。君のわがままを聞いたのは、君への未練が理由ではない『自分と同じ技巧を持つ人間と連弾をしたい』という、実にピアニストらしいエゴイズムに共感したからだ。だから私は、『人体複製装置』を開発し、君の複製人間を作った」
「共感だけじゃないだろ?科学者としての本能にも勝る好奇心、そして歪な虚栄心を満たすため、だろ?」
「……録音を聞いたよ。素晴らしい連弾だった。まったく同じ腕前を持つ世界一の速弾きピアニスト二人が、一糸乱れぬ正確さで連弾をしているんだ。震えたよ。あの演奏を聞く限り、君の複製人間が、君よりも劣っていたとは信じがたい」
「劣っていた。あの複製人間は、明らかに僕より劣っていた。確かに最初は同じ腕前だった。だが時間が経つに連れ差が生じた。僕の技術は日々進歩していったが、アイツはまったく停滞したままだった。絶望していたよ。それは僕も同じだった。世界の頂点を極め、これ以上の高みは望むべくもない――目の前の僕は限界に対して絶望していた。許せない。許せなかった――自分より劣る自分、アイツが存在していることが一秒だって許せなかった。だから僕は……僕を――」
 ピアニストは泣き崩れた。科学者は品定めをするようにそれを眺めていた。そして嗚咽が静まるのを待って肩を抱き、耳元で囁いた。
「私の発明が至らぬばかりに、君を苦しめてしまったようだ。すまない」
 ピアニストは濡れた瞳で科学者を見つめ、唇に唇を重ね、そしてふたり見つめ合い、笑う。
 科学者は懐からピストルを取り出し「君のオリジナルは、もうこの世には居ない」
 ピアニストを撃った。

 自らのこめかみにピストルを押し当てる。熱冷めやらぬ銃口、でも重く冷たい。引き金に指を掛ける――未練はない。研究は継続される。私の複製によって――いや、私が複製だったかな?まあ、どちらでも同じことだ。

 BANG


「愛してる」
「私もだ」
 南国のコテージ、強い日差しが作り出す濃紺の陰に埋もれて、終わることのない口づけ。

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