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"Endophysics"解説 #3 仮想世界内のシンプルすぎる「脳」モデル (ALife Book Club 1-3)

こんにちは。Alternative Machine Inc.の小島です。
オットー・レスラー"Endophysics"(内在物理学)の解説も3回目になりました。これまでの記事はこちら(一回目二回目)にあります。

今回は、ついに初回にちら見せしたこの機械の解説に入っていきます。


Endophysicsの中心的なモデル

前回までにお話したのは、レスラーは「内部観測者」という観点を物理の新たなパラダイムとして持ち込もうとしているということでした。それは、「観測者が世界の内部にいることが物理法則に影響する」という主張で、ここでいう内部と外部とは、Simulacron-3(ないしマトリックス)でいえば、シミュレーションされた仮想世界内にいる人の観点と、仮想世界をシミュレーションしている人の観点に対応します。

では、これを実証するにはどうすればいいでしょうか?物理では、通常いろんなものを観察したり、測定したりすることで理論の検証をおこないます。それは宇宙のようなすごい遠いところの観測や、量子力学であればものすごい小さいものをみることになります。ところが、この「内部観測者」の問題はこのやり方が全く通用しません。なぜなら、われわれはこの物理世界に生きていて、そこから抜け出すことができないからです。いうなれば、マトリックスで赤い薬を飲むようなことができない限りは、この世界の外に出ることは不可能なのです。

そこで、レスラーが考えたことは、だったら、仮想世界をシミュレーションしてしまえばいいじゃない、ということでした。つまり、Simulacron-3(ないしマトリックス)みたいな仮想世界をシミュレーションできれば、われわれがシミュレーションする側、すなわち外部になれるし、シミュレーションの中身はみえるので内部の視点も見れるので、内部観測者と外部観測者の比較が可能になる、というわけです。

その仮想世界はシミュレーションさえできれば本質的にはなんだっていいのですが、複雑になればなるほどその中で起きていることの理解は難しくなります。それゆえに、手始めとしてレスラーが考えた極限までシンプルにしたモデルが、これなのです。だから、びっくりするほどシンプルなシステムなのですが、逆に言うとこれで何も言えなければ、他の複雑なシステムでもみえないだろう(「パラダイム」の考えです)というわけです。

さて、これせっかくなので物理シミュレーターで動かしてみました。

どうでしょう?たまにシミュレーターのバグで、イレギュラーな動き(壁を抜けたり変なところで詰まったり)をしてしまうのは大目に見てもらうとして、それ以外は思った通りの振る舞いだと思います。このように、このミニマルな仮想世界の法則は、物体がぶつかって跳ね返るだけという単純なものです。

さて、ミニマルなのはよいとして、ここで必要な仮想世界にはもう一個条件があります。それは「観測者」を作る必要がある、ということです。そうでなければ、「内部観測者」を考えられないので困ります。

そこで今度は、何をもって「観測者」とするかという問題が発生してしまいました。これはなかなか厄介な問題ではあるのですが、ひとまず、レスラーは「脳」のような振る舞いをするものが作れれば、「観測者」として機能するだろうと仮定しました。

では、どうやると脳が作れるか。ひとの脳は、1000億個ほどの神経細胞からできあがっています。神経細胞の特徴的な振る舞いとして興奮性(excitability)があります。すなわち、普段はあまり反応しないけれど、一定以上の刺激を受けると、急に反応(神経発火)を起こすという性質です。興奮性は神経細胞の重要な特性であるため、レスラーはこの性質さえ再現できれば神経細胞的であり、それをたくさん集めれば脳が構成できるはずと考えました。(ここは飛躍がある気がしますが、ひとまず大目に見ましょう。)

そして、この「興奮性」をそなえうるものとして考案されたのが、実はこの機械なのです。ここからは専門的になってしまうので、説明を省きますが、正確には、横に動く四角の数を増やし、なおかつ、ぶつかることで一定の確率で色が変わる、という変更を行うことでこれが可能になります。(詳しく知りたい方は、こちらの論文(https://link.springer.com/chapter/10.1007/3-540-17894-5_305)を参照ください。)

(専門家への注:このシステムを最初に見たときは、Maxwellの悪魔のノリで、この上下に動くものが観測者なのでは、、と思ったのですが、読んでいくうちに、このシステムまるごとが脳(神経細胞)のモデルとして構成されている、という結論に至りました。上下に動くかまぼこの役割は、このシステムにカオス性を持ち込むことである種このシステムを「撹拌」し、全体として化学反応のemulateが可能になるようにしているのだろうと思っています。)

というわけで、レスラーはこのミニマル・システムによって神経細胞(的なもの)を作れることを示しました。そしてこれの寄せ集めとして「観測者」も構成できるだろうというわけです。

さて、本題はこのミニマルな法則で支配された世界における「観測者」がどのような性質を示すのかということになります。この本格的な議論は次回に回すことにしますが、ひとつだけ先取りしてお話しておきます。以下のシミュレーションを見てください。

先程のシステムのかまぼこの動きを止めて、四角の数を増やしたものです。ある一つの四角に注目してみてください。これがどこにいるかずっと追い続けることはできますか?現状だと他の四角をすり抜ける設定なので、がんばればずっと目で追えるかもしれません。では、全部の四角の動きをずっと追うことはできるでしょうか?かなり難しいですよね。特に四角が密集したときにはぐっと難易度が増すと思います。

一方でシミュレーションとしては、完全に一個一個の四角の位置がわかっています。なんでかというとそういうふうにプログラムされているからです。それぞれの四角(square1,square2,..)の座標を計算して描画する、ということをしているので、それぞれの四角の位置を取り違えることはありません。

レスラーはこれが内部の観測者と外部の観測者の大きな違いだと考えました。それで、どうなるの?ということは、次回ということで、、お楽しみに。(小島)


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