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"Endophysics"解説 #1 パラダイムについて (ALife Book Club 1-1)

こんにちは。Alternative Machine Inc.の小島です。
今回から、YouTubeで(ほそぼそと)やっている"ALife Book Club" (https://youtube.com/@alternativemachine7183)で取り上げた本について、noteで解説をしていきます(毎週土曜17時に更新予定)。どうぞよろしくお願いします。

今回取り上げるのは、オットー・レスラー著の”Endophysics”(「内在物理学」)です。

1998年出版の本で和訳は出版されていません。ただし、中核となる6章に相当する部分だけは「現実の脳 人工の心」に収録されています。

さて、初回から恐縮なのですが、この本かなり難解で、この本を理解しているという人に出会ったことがないほどの本です。

なぜこうも難解とされているかというと、取り扱っている内容が複雑だから(だけ)ではありません。むしろその逆で、モデルが単純すぎるからだと僕は考えています。ちょっと先取りして、その“単純な”モデルをお見せすると、こんな感じです。

Endophysicsの中心的なモデルの図


すごく単純ですね。

まず、逆T字の筒があります。そして、その中を四角い物体が右左に動き、かまぼこ型の物体が上下に動く。たったこれだけです。(ここから四角い物体の数を増やしたり、ぶつかったら物体の色を変えたり、といった変更はあるものの、基本はこのまま。)

こんな単純なモデルで語れることなどたかが知れているかと思いきや、なんとこの本ではこの単純なモデルから、仮想現実や、シミュレーションされた世界内の話(映画『マトリックス』)にまで広がっていくのです
なぜこんなにも簡単なモデルでそんなに大きなことを語れるのでしょうか。こんなアクロバットを可能にしている背後には、「パラダイム」という物理の考え方があります。今回は入門編として、このパラダイムについてお話しすることにします。

“Endophysics”の著者であるオットー・レスラーは物理学者で、特に「カオス」の研究者としてよく知られています。(https://ja.wikipedia.org/wiki/レスラー方程式)

さて、物理学におけるカオスとは何でしょうか。カオスという言葉が意味する通り、「混沌」つまり、「予測不可能性」と関係しています。私たちの身の回りには予測できないことがあふれていますが、それにもかかわらず、この予測不可能性の発見は物理学にとって大事件でした。なぜなら、物理では基本的にはありとあらゆるものは原理的に予測可能なはずということになっていたからです。これを「決定論」といい、こういった大きなものの捉え方のことを一般にパラダイムといいます。

この「決定論」について、もう少し詳しく説明してみます。現在の物理の根底にあるのは「ニュートン力学」(もしくは「古典力学」)という理論です。この理論によると、“現在の状態がわかれば、未来は完全に決定される"( = 「決定論」) ことになります。世界を支配している物理法則「ニュートン力学」が決定論的で、この法則に例外が見つからない以上、世界が「決定論的」であるという結論(パラダイム)から逃れることはできません。そしてこのパラダイムを覆すため方法はただひとつ、決定論的な方程式が破れることがあるという例を示すことだけですちなみに、とても小さい世界では、実はニュートン力学は使えず「量子力学」という決定論的ではない法則に置き換わります。(ここから、量子力学が自由意志の起源である、というようなことを言う人が現れるわけなのですが、それはまた別のお話。)しかし、日常のスケールでニュートン力学が破れる例というのは見つかっていません。では、日常的なスケールでは決定論からは逃れられないのでしょうか?

そこで登場するのがカオスです。これは先に述べた小さい世界における量子力学のような、ニュートン力学に置き換わる別の物理法則の発見ではありません。カオスとは、決定論的なニュートン力学の上で、それでも実質的には予測不可能な振る舞いが生じうる例なのです。もうすこし正確に言うと、「初期値鋭敏性」というものが重要になります。「初期値鋭敏性」とは、普通はちょっと状態が違ったとしてもその後に起こることは大差ないのですが、このちょっとの差がどんどん拡大されることがあるということ。これが起こりうるということが発見だったのです。

この本では、飴を練り上げる機械である"taffy puller"(飴引機)が例として出てきます。これは飴を引き伸ばしては折りたたむ、ということを繰り返す機械です。以下の動画を見てみてください。

飴が引き伸ばされては折りたたまれる様子がわかったでしょうか?

さて、この飴の上にしるしをつけてその位置の変化を観察してみることにします。そうすると毎回の引き伸ばし/折りたたみごとにしるしの位置が変化していくのが想像できるかと思います。

このしるしのすぐ横にべつのしるしをつけることを考えます。この2つのしるしの位置は最初はほぼ同じです。ところがしばらく見ているとふたつの位置はどんどん離れていきます。飴を引き伸ばすたびに2つの距離が倍になるからです。操作のたびに倍になるので、ふたつの距離は2倍、4倍、8倍、、、と倍々に増えていき(指数関数的な増加)、最初の距離がすごく小さかったとしても、気がつくとふたつのしるしは全く別の位置になります。よってこのような仕組みがあると、たとえ「決定論」であったとしても最初の位置がちょっと違うだけでまったく振る舞いが変わりうるのです。これを、最初の位置の値(「初期値」)のちょっとの差が大きく効いてくるということで「初期値鋭敏性」と呼び、これがカオスのメカニズムとなっています

ということで、カオスならびに「初期値鋭敏性」という概念は、「決定論」に根源から抗えてはいないものの、ちょっとの測定誤差があっても大きく結果が変わってしまうため、実質的には予測不可能なことがあることを示すことができました。このようにして「決定論」というパラダイムを覆すことができたのがカオスという概念の有効性なのです。

さて、Endophysicの話に戻りましょう。問題にしていたのは、あんな単純なモデルでどうして大きなことが語れる(と思う)のかということでした。この問いへの答えは、「レスラーが目指しているのが新たなパラダイムの提示だから」と言えると思います。新たなパラダイムを提示するには、現状のパラダイムの穴をつく例を構成し、パラダイムを破らねばなりません。逆に言うと、こういう例を作って新たなパラダイムが提示できたなら、これまでのパラダイムでは捉えられなかったところを見いだせる可能性が一気に開けるのです。(ここまで説明してきたカオスはまさにその一例です。)だから、マトリックスのような大きな世界にまで一気に話が広がっていける、というわけです。

Endophysicsでは「観測者が内部にいることが物理法則に影響しうる」というアイデアから新たなパラダイム、新たな物理を構成することを目指していきます。次回は、Endophysicsで目指しているこの考え方の話をしようと思います!どうぞお楽しみに。 (小島)


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