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田舎での生業のつくり方、が文化もつくってく

僕にとって、田舎は最高におもしろい。特に仕事が面白い。

僕は、長野県で家具づくりや森づくりの会社「やまとわ」でディレクターをやったり、三重県で写真とデザインの事務所をやったり、週一開催のマルシェをやったりしている。

日本のほとんどの田舎で人口が減り続けている中で、「町に活気を!」、ということで若者や移住に興味のある人たちに、田舎は仕事もたくさんありますよー!と様々な自治体がPRをしている。
実際に田舎でも求人を出している企業も多いし、人手不足が叫ばれている。

で、町を出て行った若者や移住希望者、もしくは都会で働く人と話してみれば、田舎には「仕事がない」と思われている。
仕事はあるかもしれないけれど、自分のやりたい仕事はない、と思っている。

企業や団体で働くことを選ぶ場合は、確かに働きたい職種がなければ致命的かもしれない。その問題に関しては大きな話になるので、今回は企業人としての働き方のことは一旦横に置いておきます。

僕は自営業なので自営としての生業のつくり方と考え方、ということを少し。

独立する前に、僕は長野の大師匠の元で短い期間修行させてもらっていた。修行!というほどの期間でもないのですが、気持ち的には修行!
我が師匠は長野市を中心に広告写真を生業にしていて、広告代理店さんやデザイナーさんから依頼を受けて撮影していた。

僕もその現場に行き、撮影のお手伝いか見学をさせてもらっていた。だいたい代理店の人やデザイナーさんと一緒にクライアントのところへ行く感じ。
技術的なことというよりは、広告カメラマンとしての立ち振る舞いを学び、地元の伊賀に帰って独立。

伊賀に帰って開業届を提出。さてさて、どこに営業にいけばいいかわからない。

そこで私、気づいちゃった。
この町には、代理店はおろかデザイナーもほとんどいないってことに。怖いなぁ怖いなぁ。と僕の中の稲川淳二が囁いていました。

田舎で生業をつくる方法論

実際、僕はデザイン事務所として独立していたので、それはそんな大きな問題にならなかった。自分でデザインの仕事を探して、そこで撮影の仕事もするって感じでやってたので、広告代理店がいない、ということに関して危機感もなかった。

あるときに姉が、「建築士の人が東京から引っ越してきたんだけど、その人が建築の仕事はどこでもあるだろうと思っていたけど、実際には仕事がなくて困ってる、と話してたよ」と聞いて、そのときになんか妙に納得しました。

あぁ〜「田舎には仕事がない」と言っているのはこのことなんだなぁと。
「田舎には仕事がない」のではなく、「田舎には都会と同じような仕事がない」、という方が表現として近いなって。

僕の広告カメラマンを例にとるとわかりやすい。
広告写真の仕事は基本的に広告代理店かデザイナーから、カメラマンに発注されることが多いです。もちろんお客さんから直接来ることもあるでしょうけど、ほとんどないと言ってもいい。
いろんな人材がいる街や都市ではクリエイティブ業は分業されることが多い。全体のディレクションするのはアートディレクター、デザインをするのはデザイナー、イラストはイラストレーター、写真はカメラマン、文章はコピーライター、みたいな感じでそれぞれ得意分野をやって良いものを作っていく、というような制作スタイルが取られると思います。その代わり関わる人も多いので予算もずっと高くなる。

なので、そういう分業していく文化のない地域、更には広告代理店やデザイナーがいない地域では広告カメラマンはどうするか、というと選択しないといけません。

1つ目は、写真という技術を生かして別のカメラマンになること。例えば家族写真やブライダルのカメラマンになる。ある程度の田舎にも式場はいくつかあるし、人はたくさん暮らしているので、顧客をそういう個人や家族として考える、ということ。

2つ目は、エリアを広く持つこと。片道1時間半くらいの代理店やデザイナーがいる地域までを商圏にして営業をかけていくこと。
この方法も現実的ではあるんですが、ある程度の街までいくとその街にしっかりとした広告カメラマンが存在するので、競合します。しかも立地的に不利な状態での勝負(交通費や移動時間がかかる)になる。

3つ目は、自分自身が代理店やデザイナーになること。
変な話に聞こえるかもしれませんが、これが田舎で生業を作る上で大事な視点だと思う。つまり、自分の生業を一度俯瞰して、地域に必要な形に「変換」することが大切。
例えば日本では普通に使えていた電化製品も海外に持っていけば、電源プラグが刺さらない。電源プラグが差さらなければ、どんな良い商品でも使えないし、売れない。

なので、広告カメラマンの場合は、まず地域に必要なデザイン業という変換プラグをかませることで、そこに広告写真の仕事が生まれるという視点が大切です。

これは、別に自分でデザインの勉強を一生懸命する、ということでは全くなくて、デザイナーさんとタッグを組んで仕事を受注できる状態を作るということ。

さっきの建築士の人も、自分の建築というスキルを地域に必要な形に変換したり、変換プラグになりうる人とのタッグを組んでいけば生業に変わっていくと思っています。

さらにさらに、その先が大切です。僕らのような広告カメラマンが広告写真だけで生きれる地域にその地域が変わったなら、それはその街にデザイン大事だよね、とか写真はちゃんとプロに頼もうという文化が根付いているということです。

僕は生業づくりが文化を変えていくと思っています。

建築士に仕事がある街は、家づくりの考え方が「まずはモデルハウスに行ってハウスメーカーに頼む」という文化ではなく、「暮らしを考えるならまずは建築士にどんな暮らしがしたいか相談しにいく」という文化がある街に変わっていたりする。

そうした小さな変化の積み重ねが街をカタチ作っていく。
だから僕らは小さな変化を積み重ねながら生業を積み重ねていく。そうすることで、僕らだけでなく、次の世代の人たちもデザイナーやカメラマン、建築士として、この街で生業を起こしやすくなっていくはずです。

そうやって、僕みたいな個人ですらその街に何か影響を与えられるかもしれない、町をカタチ作る一旦を担えるかもしれない、という状況が最高に楽しいんです。

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