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月徨 −前編–

三日月・戦・ガラス戸

真っ暗な空に月の光に照らされた機体が浮かんでいる。

「フレッド、前回の着陸地点から何時間飛んでる?」

「2日と8時間です。」
フレッドと呼ばれた青年は眠気を悟られないよう気丈に振る舞って答えた。
「ちなみに、作戦開始までは、あと10時間ありますよ。」

私は計器を確認し、安定した飛行を保てるよう自動操縦に切り替えた。今日は三日月だが、ルナパネルは順調に月光を集めている。月の光を動力に動くこの機体は、夜明けの来ないこの世界では墜落することのない永久機関だ。
「長いな、そろそろ休憩するか。」

それを聞いたフレッドは一瞬表情を緩めたが、すぐに元に戻って、先輩からどうぞ、と言った。

「気にするな、お前からとれ。さっきから眠そうじゃないか。」
フレッドの疲労には気づいていたが、雲のうえに上がるまで、気を抜くわけにはいかなかった。

「すみません、先輩。訓練ではこんなことなかったんですけど。」

「聞いたぞ、主席だったんだってな。最長起床時間は1週間だとか。」

「ええ、でも先輩には及びませんよ。孤児だった自分がこうして"東軍の英雄"の隣に座れてるのは奇跡です。」

「そんなことないさ。お前の努力は皆が認めている。」

実際、孤児から一級戦闘員になったのは過去2人しかいない。それがどれだけ難しいことかは身をもって知っていた。
「明日が来ればこの戦争も終わるんだ。今はゆっくり休め。」
 そう言いながら、私はこれから起きることを思い、罪悪感に苛まれていた。この機体が積んでいるのは核兵器。目の前に据えられた赤いボタンを押すだけで眼下半径500Kmが火の海と化す。
 
ふと、見下ろした先には、煌々とした灯りが広がり、先の戦をもろともしない人々の強さが感じられた。
 
エルドール西共和国。私達は明日、この国を滅ぼす。
           
つづく

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