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映画「HELLO WORLD」考:グッドデザインはどうやって世界を書き換えているのか

(ネタバレあり)映画「HELLO WORLD」に登場する「神の手」と書いてグッドデザイン—この厨二病感あふれるネーミングの(褒め言葉です)手袋は、直実に世界を書き換える力を与え、しかしチートではなく3ヶ月間の特訓が必要という、絶妙なゲームバランスのもとに設定されている大変魅力的なガジェットです。「ハロワ世界」の成り立ちを考えるうえで、この手袋はいったいどうやって世界を書き換えているのか、そもそもあの世界で「強くイメージすればそれが実体化する」ということが何を意味するのか?

「強くイメージする」なんていう一見本作に似つかわしくない精神論的な発動条件をガチSFとして解釈するとどうなるのか、ということがどうしても気になって、独断と偏見で考えてみました(2019/10/25追記)。

大前提:イーガン流の決定論的記録宇宙としてのハロワ世界

まず大前提として、HELLO WORLDの記録世界は「イーガン流の決定論的宇宙」であるという仮定をおきます。もちろんそうでない解釈も可能なのですが、作中の事象の多くをほぼ矛盾なく説明できる仮説の一つだと思っています。直実の「イーガンとかっぽい」という台詞がその宣言だという理解です。イーガン未読の方のためにも詳しくは別項で書きたいと思いますが、要するに

記録世界は完全に決定論的である。
記録世界は現実に起こったことの完全な複写であり、現実と等価である。内部にいる人間には区別がつかない。

ということになります(先生も似たようなことを言っていました)。

要は、世界は一冊の本、1枚のDVDのようなもので、すべての事象は既に決定され記録されているだけなのですが、その内部の登場人物がそれを認識するすべはないということになります(このあたり、この映画の作品世界とそれを見る観客、という構造と同じになっていて、メタ的に巧妙な仕掛けでもあります)。

「世界を書き換える」とはどういうことか

グッドデザインは「世界を書き換える」装置と言われています。これはSF脳でないとなかなかピンとこない考え方かもしれませんが、卑近な例としてコンピュータで考えると、データを書き換える、しかもプログラムが走っている状態でそれを書き換えてしまう、プロセスメモリエディタのようなハックツールが意味合いとしては近いかなと考えています(そもそもカラス(黒)は先生が密かに開発した、アルタラ侵入および改竄のためのハックツールだというのが自分の解釈です。同様にカラス(金)は月面の一行さんが開発したハックツール)。

恐らく、世界の全ての物体、全ての分子・原子・素粒子に対するその位置、速度、属性をプランク時間レベルで正確に記録したスナップショットの集大成(ラプラスの魔)が量子記憶装置アルタラなのでしょう(不確定性原理をどう乗り越えているのかは謎です)。ここで、ある粒子の属性だけを例えば空気から水に変えてやる、というのがグッドデザインがやっていることだと思われます。

なお作中で直実が徹夜で本を作り、文字化けを直すシーンがありますが、ここでの「物語(=セカイ)の構成要素である文字を書き換える」という行為そのものがまさしくグッドデザインの作用機序そのものにもなっていて、グッドデザインが劇中劇に対しても使われている面白い例となっています。

直実は物理過程をちゃんと理解してモノを生み出している

さて、グッドデザインを発動させるきっかけですが、「結果をイメージする」という、なんだかふわふわとした捉え所のないものが条件になっています。ハードにSFな作品世界で、「イメージすればそれが具現化する」?一見安易なご都合主義にも見えてしまう本ツールですが、ここでは無理矢理ガチSFの文脈で解釈を試みてみます。

ここでヒントになるのが、直実が物体を生み出す際に思い浮かべているもの、すなわち一瞬インサートされるカット、あるいは直前まで頭に叩き込んでいた本の数々です。

例えば、

鉄や銅→周期表を参照しながら作っている

鉄や銅は身近な金属でイメージもしやすいだろうに、なぜ周期表まで参照しているのか?…恐らく鉄や銅の「成り立ち」、周期表上の意味(電子配置等)まで理解して初めて生成できるのではないかと。素粒子レベルで世界を書き換える以上、そのレベルでの鉄や銅を「記述」できないとグッドデザインはそれを実体化できないのではないか

つまり、知識面でもチートができないようになっていて、かなり踏み込んだ素過程、低レベルレイヤーまでを思い浮かべないとダメなのではないでしょうか?

水やお湯→お風呂に持ち込んで参照していた本は大学初年次程度の熱力学の教科書のように見える。原作本でも「エントロピー」を念頭に置きながら作っている。

シーンが一瞬過ぎて自信がないんですが、ジップロックに入れてた本に書いてある数式や図を見ると熱力学のテキストっぽく見えるんですよね…(2019/10/23追記:→実際、数式の右辺にΔQ/T、すなわちエントロピーを表す項の存在が確認できました。つまり完全に熱力学の教科書を見ながら、しかも熱力学の第2法則を意識しながらお湯作ってますね)。割とこれ、鳥肌立ちました。高1で既にこいつは大学レベルの熱力学やってるのかと。一行さんのために。

ブラックホール→「ブラックホールの成り立ち」というページを思い浮かべながら、まず恒星を作り、それを圧縮していくことによって生成している。

これも結構とんでもないです。明らかに「成り立ち」を思い浮かべながら作ってます。しかもちゃんと恒星作るところから始めている(岩石っぽい天体からいきなり恒星が作られるあたりはちょっと謎ですが…)。

作中では超新星爆発が起きていないので、重力崩壊を起こすというよりは恐らく単純に天体を無理矢理圧縮してシュバルツシルト半径以下にすることで生成しているのでしょう。数センチくらいのブラックホールができていることから、恐らく地球質量くらいをあのサイズにぶっ込んだものと思われます。原作でも

僕はこの、地球のような塊を、小さな小さな半径の内側まで、握り潰すことができる。
—野﨑まど「HELLO WORLD」p.205、集英社

と言っているので、先生の「作り続けろ!」でひたすら地球質量くらいになるまで作り続けていたんですね。絵的には一見理解が難しいんですが、あのシーンは「ものすごい勢いで質量を生み出し続け、かつ圧縮し続ける」のと「狐面がそれを消し続ける」のが拮抗してああいう表現になっているというわけです。

軸とジェット→本を加速するための機構としてきわめて理にかなった仕組みを咄嗟にちゃんと実装している

軸とジェットは先生の発案ですが、それを咄嗟に実装できた直実はちゃんと勉強していたんだろうなと思ったら公式でも上野の舞台挨拶でそのような発言があったようです。

勉強していたんですよ(笑)。実は、直実の部屋にはこっそりとロケットとコマが置いてあるんです。恐竜の人形もあるので、直実はそういうのが好きな子供だったんですね。で、一方、大人ナオミは、久しぶりに自分の部屋に入って、ロケットとかコマが置いてあるのを懐かしく思ったんでしょう。それであの土壇場でロケットブースターとコマが出てくるという。
—「劇場アニメーション「HELLO WORLD」舞台挨拶 TOHOシネマズ上野編 レポート②」より引用

まあ、元々直実はプログラミング大会やら読書鑑賞文で表彰されたりしてますし、傷心状態で京大に現役合格できたり新卒でアルタラセンターに入れるくらいには頭は良いのですが、単に天才というわけではなくそれだけの努力をしてきていると思わせてくれるのがこのグッドデザインのエピソードです。

物理過程をイメージする行為はもはや「世界の記述」に等しい

ここまで来ると、「物質や現象をその生成過程含めて詳細に思い浮かべる」というのはもはや「その物質・現象を記述すること」「セカイを記述すること」そのものではないかと気付きます。

「このセカイは記録でありデータである」というモチーフは本作に繰り返し現れます。またビジュアルガイドの野﨑まど先生の寄稿ではさらに明確に「一度きりの記述」「一度きりの人生」として、ボールペンで記録するさまを人生に譬えています。つまり

「記述すること」「記録すること」が人生であり、
このセカイは「記述」「記録」によって成り立っている一種の物語である。

というのが本作(および野﨑まど先生のスピンオフ)の通奏低音としての世界観なのだと自分は解釈しています。

この世界観において、「セカイを記述できる」レベルまで物理過程を思い浮かべることは、もはや「セカイを記述」しているのと同じことになる

セカイを記述できるということは、セカイを書き換えられるということ。

だからこそ、逆に、素過程レベルまで理解してないものは作り得ないわけです。

これを踏まえると、グッドデザインは「ユーザが脳内に思い浮かべているめちゃくちゃ具体的な物理過程をどうにかデコードして、単にそのとおりにセカイを記述し直していく」ということをやっているのでは、というのが今のところの自分の解釈です。これだけ見ると何も言ってないようにも見えてしまうんですが、その陰に「世界の詳細な記述」が必須なのがキーなのかなと。

ちなみに、「セカイを書き換える、しかも物理権限をもってハードコーディングする能力」と解釈すると、堅書=「ハードコーディング」という苗字もしっくり思えてきてしまいます。

アルタラでは精神活動は物理過程とは別に演算されている?

さて、まだ残っている謎があります。アルタラは脳内の情報をどうやってデコードしているのか?

本稿を最初にリリースした時点では、この記事は「あらゆる物理過程をトレースできるのであれば、神経細胞の電位変化、脳内化学物質の動きまで追えるはず」という立場に立っていました。恋心ゲージとか作れちゃう程度には可能なんでしょう、と。

しかし、よく考えてみると、2037年において狐面は「脳死となった一行瑠璃の体」と、先生が2027年の記録世界から拉致してきた「一行瑠璃の精神」を区別し、後者を「他の世界から持ち込まれた異物」として処理しようとします。精神活動が単に神経細胞の電気的・生化学的過程に過ぎないならば、狐面が精神活動だけを排除することの説明がつきません。完全に狐面は精神活動を特別視しています。そして、グッドデザインは人の心を操ることはできません。

ここから、半ば妄想の域を出ていませんが、「情報密度の極致である精神活動は、アルタラでは他の物理過程とは別に演算されていて、グッドデザインはデータ読み出しのみが可能である」…という説を思いつきました。精神活動が複雑すぎてもはや通常のプロセッサでは演算できないため、専用プロセッサが用意されているようなイメージといえばよいでしょうか。そしてその演算内容を読み取って世界に適用できるのがグッドデザインなのではないかと。人の心を操れないのは、それが個別に演算されているからではないか。

さらに誤解を恐れずに邪推を続けてみると、「記録世界の住民の精神活動の演算プロセスは(例えば住基ネットのIDのように)その個人と1対1で結びついていて、その紐づけは年齢を重ねても生涯変わることがない」と言えるのではないか。

だから2037年に直実が現れた時、直実の精神活動とナオミの精神活動(どちらも同じIDを持つ)がアドレスの重複を起こし、狐面の排除対象になったり、互いの記憶が混線したりしたのではないでしょうか。また2037年の瑠璃の精神を2027年の瑠璃の精神によって相補的に修復した場合、新しい精神活動はもはや新しいIDで新規作成されたプロセスとなり、異物と判断されたのかもしれません(ちなみに自分は「相補的神経修復は心の上書きインストールではない」という立場です。別項にて書きたいと思います)。

狐面の持つグッドデザインとの違い

ここで、狐面のグッドデザインについても触れておきましょう。狐面もグッドデザインを持っています。本質的には直実のグッドデザインと同じものとして書かれていますが、狐面はモノを生み出しません。ただ消し去るのみ、量子ビットの断片に還元するのみです。

それは、狐面がただのシステムファイルで、精神活動が演算されておらず、自ら物理過程を想像するということができないからだと思われます。

逆に、直実たちアルタラ世界の住民は、決定論的宇宙といえども自由意思と想像力を持った、我々と寸分違わぬ存在であり、AIなどではないということがよくわかるのではないかと思います。「住民=NPC」説もありますが、あの世界が現実の複写である以上、彼らは我々と区別できない存在だと自分は考えています。直実のグッドデザインと狐面のグッドデザインの違いの根源はそこにあると思うのです。

「物理を理解して初めて世界は書き換えられる」という世界観

長々と書いてしまいましたが、結局、

「物理過程をちゃんと理解して初めてセカイは書き換えられる」
「物理学をちゃんと勉強することによってその力を身につける主人公」

という世界観がとても心地良いSFだと思っています。本作では世界と物語がしばしば同一視されていますが(「ALL TALE」や武井Pの発言等)、世界を言葉によって記述したものが物語であるなら、世界を数式によって記述したものが物理学といえるわけで(ifのミスズの台詞にも通じる)、ある種の美しさを感じさせる作品構造だと思います。

(2019/10/25追記:アルタラと量子コンピュータとの類似性から、狐面は量子コンピューティングにおける量子誤り訂正、そしてグッドデザインは「望みの誤りを作り出す」装置、という解釈にたどりつきました。詳細はこちら。考察部分は記事の後半のほうに書いてます)

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(注)この考察はあくまで(自分なりに納得できる)解釈の一例であり、異なる解釈を排除したり反論する意図は全くありません。また、今後考察を深めていく過程でこの考察がひっくり返る可能性は十分にありますので、何卒ご承知置き下さい。
本作の制作陣がこの作品に自由な解釈の余地を意図的に残している以上、観客の数だけ「ALL TALE(すべての物語)」が存在し、それらはすべて肯定されている、それぞれがこの作品世界において「観たい物語」を紡ぐことができる—「HELLO WORLD」は、そんな作品だと思っています。

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よろしければこちらもどうぞ:考察はここにまとめています。


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