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京都・出町座で映画『HELLO WORLD』を観る

この記事はもともと、京都のミニシアター・出町座さんのハッシュタグ企画「#はじめての出町座」に賛同して書きかけていたものです。ただ色々あって、最終的にハッシュタグ企画にはごく簡単なツイートで参加しました。そして応募が締め切られ受賞作が発表された後にこの記事を公開しています。よってこれは応募記事ではなくて、企画にインスパイアされた独り言、ツイートの裏側、と思って下さい。

2019年10月末、全国で映画『HELLO WORLD』の上映終了が近づきつつある中、必死でセカンドランを探していたときにたどりついたのが京都・出町桝形商店街のミニシアター、出町座さんのツイートでした。

京都が舞台のこの映画の灯を、よりによって聖地・京都のど真ん中に位置する映画館が絶やさず引き継いでくれるとは——。作品のファンとしてはそれだけでもうただただ滂沱の涙です。

とはいえ、あいにく京都はそう簡単に行ける距離にはなくてですね。年内であれば何とかなるか…という思いから「ハローワールド難民」としては居ても立ってもいられず、「どうか年内は上映続けて下さい!」と何とも虫の良すぎるリプライをしてしまいました。いま思うと、ミニシアターの苦労も知らず無茶ぶりにもほどがあると猛省するしかないんですが、その時に出町座さんから頂いたリプライの意気たるや、感に堪えないものがありました。

やってやりましょう」。

出町座さんの本気、並々ならぬ覚悟に心打たれ、これは何としてでも観に行かなければ、そしてこの映画館をずっと応援しよう、と決意したのを覚えています。

その後、出町座さんはほんとうに12月中旬まで『HELLO WORLD』の上映を続けて下さいました。しかもトークイベントのチケットが2分で売り切れたらしく(エクストリーム競技か何かですか?)、なんと翌週も急遽イベントを企画して下さるという伝説級の神対応もありました。

そして自分も公約を果たし、とうとう京都を訪れる機会を得ることができました。ひとしきり京都の街で『HELLO WORLD』ロケ地巡りを堪能したのち、活気ある商店街のある一角、レトロなマルーン色の扉の前に自分は立っていました。

「やってやりました、出町座さん」。

あの日のツイートに呼応するかのように心の中でそっとつぶやき、高揚感とともに重いドアを開けて中に入ります。

「やった。やったぞ。ついに、入った」——目に飛び込んでくる壁一面の本、本、本。中央のカウンターからはめちゃくちゃ良い匂いが漂ってきます。映画と本と美味いモノを心の支えとしてなんとか生きてきた自分にとっては、まさにこの世の天国を具現化したらこうなったみたいな居心地の良すぎる空間。ああ、こんな映画館が近所にあったら通い詰めるのに。映画を観ないときでも、ちょっとコーヒーをテイクアウトして鴨川を散歩したりしてみたい。などと完全に田舎者丸出し状態でチケットを購入し、地下のスクリーンに向かいます。シートに深く腰を落とし、その時を待ちます。

小さなスクリーンは没入感が半端なくて、上映が終わってふたたびカウンターと本棚の前に戻ってきても、まだ映画の中にいるようなふわふわした感覚が抜けません。——ああ。そりゃそうか。だってここは京都だ。映画『HELLO WORLD』の舞台そのものじゃないか。物語と現実がシームレスに混ざり合う感覚に、今自分が「どちら側」にいるのか一瞬わからなくなる。いや、むしろ映画が伝え切れていなかった手ざわりや空気感や音や匂い、カメラフレームの外にあったかもしれない景色が、いつの間にかフィクションをも浸食していく。語られていなかった京都の街の圧倒的な情報量に作品が呑み込まれ、混線し、再構成されていく。作品世界の解像度と熱量とが一気に跳ね上がるのを感じる。フレームの背後に隠されていたあまりに豊穣な世界に、いま自分はエキストラとして立っていることに気づく。ここは、出町柳からも下鴨からも京大からも程近い。きっと、この映画の登場人物たちも、ときどきこの小さな映画館で映画を観たり本を読んだり食事したりすることがあるんじゃないか。サンドイッチ片手に観たばかりの映画の感想を語り合ったり、本棚のセレクションにニヤニヤしたり、余韻に浸りながら商店街をブラついてみたり、なんてこともあったりするんじゃないかな。

そんなことをぼんやり考えながらホットコーヒーを啜っていると立ち去るのがいっそう名残惜しくなってきたし、実際『HELLO WORLD』以外の映画も観たかったのだけど、さすがに今回はロケ地巡りの残りを優先することにして、商店街を後にしました。ちなみに京都の他の映画館(ご当地ということでこの映画をプッシュしている館が多かった)も行ってみたかったのですが今回は叶わず、結局出町座がこの旅で唯一映画を観た映画館となりました。映画をその舞台となった地で観るということ。それが見せてくれた新しい世界。こんな希有な機会を与えて下さった出町座さんには本当に感謝しています。

いま、京都はおろか近くの映画館にすら行けない日々が続いているけれど(*)、『HELLO WORLD』のBDを観るたびにあの日の京都で垣間見えた景色を思い出します。こんど京都に行ったらまた出町座さんで映画を観たい。本棚もじっくり眺めてみたい。旅先で出会う映画や本って不思議といつまでも心に残り続けるんですよね。京都でそんな贅沢な時間を過ごせる日がまた来るのを心待ちにしています。

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(*) この原稿は5月中旬頃に執筆しました。

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