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週刊ALL REVIEWS 巻頭言総集編(2020/06-2020/12)

週刊ALL REVIEWS配信開始から、なんと、丸一年半経過しました。これだけ続くとは実は思っていませんでした。楽しんで作っているうちにいつの間にか78号までたどり着きました。改めて考えると、ここまで続いたのは、このメールマガジンを毎週読んでいただいている皆様のおかげです。お礼を申し上げます。

この半年分の巻頭言を総集編としてお届けします。巻頭言は古いものから新しいものの順序でならべてあります。途中で執筆担当者の交代がありましたのでプロフィール欄も更新し現メンバーの紹介を含めて再掲載しました。

では、お楽しみください。(hiro)

プロフィール

■現巻頭言執筆担当者の自己紹介

【Fabio】
海外経験豊富な本好きです。皆さんと古今東西の書籍の魅力を分かち合いたいです。(@FTNCaipirinha

【小島ともみ】(朋)
映画とミステリと猫とビールが大好き。初恋の人は「ホームズ」の自称シャーロキアン。原産地北海道、雪は無条件ではしゃぎます。Instagram:@dera_cine17

【山本陽子】(新規メンバー)
ALL REVIEWS友の会会員です。2020年に巻頭言メンバーに入れていただいた新人です。みなさんと一緒に楽しい本の旅ができればと思います。twitter @yokopuddings

【hiro】
ALL REVIEWS友の会会員・同サポートスタッフ。古稀の素人目線ながら、読書の喜びをぜひ伝えたいです。最近のお気に入りは作家の書いた『日記』です。巻頭言執筆の取りまとめも行っています。
@hfukuchi

週刊ALL REVIEWS Vol.53 (2020/06/08-2020/06/14)

「本当なら今ごろ旅先に向かっていたはずなんだけどなあ…」ため息まじりのつぶやきを耳にすることが多くなったのは、夏のバカンスシーズンが近いせいもあるのかもしれません。安全に安心して旅行が楽しめるようになるのは一体いつになるやら。まして海外旅行だなんて…考えれば考えるほど気が遠くなりそう。そこで発想の転換を!Googleマップを使って地図旅行をしてみませんか。方法は簡単。Googleマップで行きたい場所を検索したら、出てきた地図の右下にある人型アイコンをクリック・アンド・ドラッグして、見たい地点にポンと置くだけ。一瞬のうちに異世界が広がります。見知らぬ街の見知らぬカフェで歓談を楽しむ人の横を抜け、ウィンドウショッピングをしながら通りをそぞろ歩き。どこへ行っても広がる青い空に、気持ちも少しだけ開放されるよう。公園で走り回る犬の姿に目を細め、芝生に寝そべって読書を楽しむ人たちに声を掛けたくなったら、もうその世界の一員です。街にもっと興味をもってアプローチするのもいいでしょう。先週の書評から、建築家の藤森照信氏が紹介する鈴木博之著『ロンドン―地主と都市デザイン』は、都市の今ある姿がどのような歴史やその時々の政策やコンセプトを受けて成り立ってきたのかをたいへん丁寧に紐解いた一冊。とはいえ、異国の街のこと。頭の中ではイメージしづらいと感じたら、本が指し示すその場所へGoogleマップでいざ!一発で探し当てられなくてもいいじゃないですか。迷うのもまた醍醐味です。そうして街の空気を感じながら読み進める本書は、大きな俯瞰の視点と手を伸ばしてみたくなる近接感で楽しさ倍増すること請け合いです。今、実際にページを繰りながらマウスをあちこち動かしてキョロキョロしている人間が言うのですから、間違いありません。この方法、小説などにも応用ができますね。好きな作家の生まれ育った地を訪れたり、あこがれの舞台のロケ地巡りだって身ひとつで楽々。さあ、より深く深く、本の世界へ飛び込んでいきましょう。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.54 (2020/06/15-2020/06/21)

『パトリックと本を読む 絶望から立ち上がるための読書会』(白水社)、副題に惹かれて読んでみた。米国でマイノリティの置かれている絶望的な立場、そのなかで何度も挫折しながらも、読み・書くことで人間性を取り戻していくパトリック少年とその「先生」である著者。著者もまたアジア系のマイノリティだが、両親の助けによりハーバード・ロースクールに進む。弁護士となり、金にはならなくとも、一人でも多くの人を助けようとする。その考えのきっかけであり、著者が助けたかった人物の象徴がパトリックである。
先月、たまたま『ガーンジー島の読書会』(イースト・プレス)を読んで以来、このような「極限状態における読書または読書会」に興味を持った。ひとはなぜ本を読むのか、その答えがそこに見つかりそうな気がする。昨年読んだ『収容所のプルースト』(共和国)も、同じテーマを追求した本であったと思い返す。
ALL REVIEWSによると、『刑務所の読書クラブ』(原書房)も同様なテーマの本なので、これも読み始めた。
『刑務所の読書クラブ』のエピローグをさきに読むと、かなり考えさせられることが書いてある。刑務所内の読書会では積極的に参加し、多くの本を読んでいた受刑者が、釈放されるとさっぱり本を読まず、スマホでインターネットに夢中になるのだ。単純に考えると、他にやることのない刑務所内でのほうが集中して本を読めた、ということだが……。
日本ではどうなのか。少し古いが、吉田松陰の「野山獄」での様子を、国会図書館デジタルコレクションで少し読んでみた。『吉田松陰言行録』や『講孟余話』によると、松蔭は他の受刑者に『孟子』をわかりやすく講義し、説明には天下国家のことを使ったとあるが、刑吏がよく許したものだが、制止するどころか自分たちも感心して聞いていたという。他の受刑者も得意なこと、たとえば書道や俳句を教えた。松蔭もこれらには弟子として熱中していたという。大河ドラマ『花燃ゆ』を観たときにそう思ったが、松蔭は根っからの教育者だったのだろう。野山獄のことはその小さなあらわれにすぎない。思想家松蔭については『吉田松陰: 「日本」を発見した思想家』(筑摩書房)を読んでみたい。
読書の持つ力、言葉の持つ力に驚きを深くするこのごろだ。
これらの本の多くは、ALL REVIEWSの書評に導かれて読んだものだ。ある意味で「極限状態」にある現在の我々にとって、人間性を失わないために必要なのは、良い本に出会うことなのだろう。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.55 (2020/06/22-2020/06/28)

皆さんご存知でしょうか。私が住んでいる鹿児島県奄美市は、日本一早く梅雨入りしたことを。そして、後から梅雨入りした沖縄に梅雨明けを追い越され、梅雨期間日本一更新中であることを。しかもマスク着用で、湿度と気温と息苦しさの三重苦。されども冷房はエコな28度のまま(体感は30度)。つまり、とても暑いのでございます。
そこでわたくし、かりゆしデビューいたしました。洋服ぐらい爽やかじゃねえと暑くてやってられねえよって思ったのでございます。
ご存知でしょうか、「かりゆしウェア」。いろいろ定義はあるようですが、「沖縄産」「沖縄らしさ」がある、アロハシャツの親戚みたいなシャツのことらしいです。
着てみた感想としましては、ぶっちゃけ、ただの綿シャツなので、思ったより涼しくはなかった。が、しかしであります!!
見た目が涼しいのであります!! 明るい配色、ハイビスカスモチーフ……、着慣れないと気恥ずかしくはありますが、どうしてか涼しく感じるのです。
浴衣と同じ、着ている本人は涼しくなくても、周りが涼しく感じるみたいな効果もあるよう。
いつかかりゆしウェディングにも参加したいな、と夢は広がるのでございます。(雪田倫代)

週刊ALL REVIEWS Vol.56 (2020/06/29-2020/07/05)

引き続きコロナウイルスの影響が続いています。気を緩めることなく、どうぞ健康第一にお過ごしください。
さて、コロナ禍の影響で新年度のスタートも例年ほどスムーズには切れなかった方も多いのではないでしょうか。
特に今年の新入社員の皆さんは、例年以上の不安やストレスにさらされていることと思います。
焦らず一歩一歩進んでいってほしいと思います。

今週の書評選をチェックすると、ちょうど良い本が紹介されていました。
齋藤 孝さんによる『文庫 夏目漱石の 人生を切り拓く言葉』です。齋藤先生ご自身による前書きが掲載されています。
夏目漱石は、若い弟子たちに「牛のように進め」と語っていたといいます。
牛のイメージには、こぢんまりとしない、〈スケールの大きな真面目〉の理想が込められていたそうです。
この前書きを読むと、自分も牛のような〈パワフルな真面目〉さをもって日々仕事に取り組んでいるだろうかと、考えさせられます。
今週は素晴らしいことに、『吾輩は猫である 上』(書評は林望さん)も取り上げられています。
近代日本の文学をつくり上げた文豪の言葉には力があります。新入社員のみならず、まだまだ学ぶことが多そうです。
ぜひ合わせてお読みください。

それでは、今週もお楽しみください。(Fabio)

週刊ALL REVIEWS Vol.57 (2020/07/06-2020/07/12)

運動不足の解消にと、人の比較的少ない時間帯に、人のあまり通らない道を選んで家人と散歩するようにしている。ごく近所でも足を踏み入れたことのない小さな道がけっこうあり、「こんなところにこんなお店が」という発見もあって楽しい。先日も住宅街のある2階にカフェを見つけた。壁はほとんどがガラスで、大きく開け放たれ、明るく風の行き交う店内は気持ちが良い。読書には最適と、さっそく買ったばかりの『三体Ⅱ』を開いた。すると家人が珍しく興味を示してきた。「それ話題の本だよね」。そうだよ、でも、これは続編。「ふうん」。ここはひと押しのタイミングではないか。そう思って、言葉を続けた―最初のやつ、うちにあるけど読んでみる?いつもなら「時間あったらね」と気のない返事が返ってくるのだが、『三体』の力、おそるべし。家人からは前向きな反応、そして予想外の“悩み”を聞かされて驚いた。「読んでみようかな。でも、本ってどういう姿勢で読んだらいいか、わからないんだよね。ずっと座ってだと疲れちゃうし、寝っ転がると眠くなるし」。本を読む姿勢ね、考えたこともなかった。たしかに没頭しすぎて同じ姿勢のまま読み続けた結果、本を閉じた瞬間にあいたたたた…と背中に痛みが走ったり、曲げっぱなしだったひじがきしんだりすることは、たまに起こる。しかしあらためて考えてみると、自分がいつどんな姿勢で本を読んでいるかなんて見当もつかない。「これがベストの姿勢」は提示できそうにないから、家人には、まず姿勢で悩まなくて済むように“読書筋”をつけてもらおう。すべてはそこからだ。

先週の新着書評から、短編ならば筋トレは不要。摩訶不思議と不穏がいっぱいに詰まった世界、スティーヴン・ミルハウザーの『魔法の夜』。ミルハウザー始めとしてもどうぞと薦めたい一冊です。ただし、面白すぎて一気読みにご用心!(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.58 (2020/07/13-2020/07/19)

村上春樹のエッセイ、『猫を棄てる 父親について語るとき』(文藝春秋)の、鴻巣友季子さんによる書評が掲載された。鴻巣さんがこの書評でおっしゃるとおり、村上春樹が父親について直接語るのは珍しい。

私も同書を読んでみた。淡彩画のような筆致で、父親の印象を綴る語り口は、詳細な記述よりかえって強い印象を覚えさせる。村上春樹は本当はもっと語ることがあるのだが、あえて記述を抑えているのかと思った。

ALL REVIEWSを通じて知った高橋源一郎さん、そのラジオ番組の紹介で、少しまえに読んでいた『夢を食いつづけた男 おやじ徹誠一代記』(植木等・北畠清泰 朝日新聞社)と比べて考えてみた。「前口上」で植木等が「おやじと語りあおうとするなら、息子は、それ相応の年齢を重ねなければならない。」と書いている。父、植木徹誠は社会運動をして牢獄にもつながれ、僧侶にもなり(この部分は村上春樹の父親と似ている)、自分の家族には大変な苦労をかけた。その家庭内外の有様は北畠清泰が植木等の話をもとにしっかりと取材を重ねてありありと書き上げた。他人の父親なら、気兼ねなく自由に筆をふるえるということもある。

一方、作家ならばその作品の中で、昇華した形で、親に対する思いやら称賛やらを書き表せるということもあるだろう。たとえば、トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人びと』(岩波書店)、北杜夫の『楡家の人びと』(新潮社)などがそれにあたる。こちらのほうが作家の本道と言っても良いと思い直した。

『猫を棄てる 父親について語るとき』に実像としてほのかに書かれた父親は、村上作品の多くの作品の各所に描き出されているとする、鴻巣友季子さんの書評は、こうして私の腑に落ちてきた。このあと、村上春樹の作品を読むときの指針になるだろう。本を読む楽しみがまた増えた。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.59 (2020/07/20-2020/07/26)

以前、あるジャズミュージシャンがこんな話をされていました。「日に3度食事するとして1年で1,000回程。死ぬまであと何回食べられるのかと思うと一食足りとも気が抜けない」。メルマガの読者の皆さんは百も承知でしょうが、これって本にも言えることです。一生にあと何冊読めるのか、と考えたことはありませんか。本を閉じて、読めて良かったと思わず表紙を撫でてしまう、そんな本に一冊でも多く出会いたいものです。
その点、プロによる書評は私たちの読書ライフの偉大なる道しるべとなってくれます。こんなものを読みたかった、今すぐ読まずにいられない、そんなピタリとくる本を目の前にそっと提示してくれます。当然ながらすべてが予想通りに行くことはないでしょう。しかし“アタリ”の読書体験でなくても、それはそれでよいもの。守備範囲外の本との出会いは、世の中は思ったより広いことを教えてくれます。
ご挨拶が遅れましたが今回から執筆員の一人に加えていただきました山本です。多くの方に素敵な書評と書籍の情報をお届けできるよう、お手伝いしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

さて先週の書評で私が気になったのは、小野和子『あいたくてききたくて旅にでる』(PUMPQUAKES)です。
この本は50年に渡って東北の村を訪ねた小野さんが聞き取った、民話の一部をまとめたものだそうです。民話といっても昔話のようなものではなく「信頼できる相手でなければ、へたに語り手もそれを明かさないような重い真実が込められている」のだそう(堀江敏幸さんの評より)。1934年生まれの小野さんだから聞き得た物語。小野さんが訪ねなければ、もしかしたらこの世から消滅したのかも知れません。運よく向き合わせてもらえることが嬉しくてたまらず、手元に届くのが今から楽しみです。(山本陽子)

週刊ALL REVIEWS Vol.60 (2020/07/27-2020/08/02)

やっと梅雨明けしました。日差しの強さに夏を感じます。
今年の夏は当分遠出も難しそうですので、余暇の過ごし方はますます本に頼りたいと思います。
皆さんも引き続きどうぞお体に気を付けて。

過去の歴史を紐解きながら未来を考える、過去の歴史にこそ現代・未来へのヒントがある、というのはこの先が見えないコロナ禍の状況でもまさに当てはまると言えるのではないでしょうか。
最近ではユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史文明の構造と人類の幸福』(書評は本村 凌二さん)などが有名ですが、個人的には通史で描かれるものがお気に入りです。過去から現在に至るまでの流れが、一人の著者によって書かれることでよどみなくつながり、読み物としても楽しめる気がします。

そこで今週まず気になったのは、こちらです。
ジャック・アタリ氏による『食の歴史』(書評は松原 隆一郎さん)です。
欧州最高峰の知性などともいわれるフランスの経済学者による食にフォーカスした歴史の本で、「いわば胃袋が語る人類の通史」とあります。
食の世界史はこれまでフランスとアメリカの二大勢力が作ってきたものであり、今後ますますその二極化が進むであろう、その流れの中で食の未来はどうなっていくのか、、と関連する様々な豆知識と共に包括的にまとめられているようです。
旅行も自由にいけない今年の夏休みのとっておきの一冊になりそうです。
今週は他にも、私も作品が大好きだったイラストレーターのフジモトマサルさんの一冊『フジモトマサルの仕事』(書評は平松 洋子さん)も取り上げられています。

それでは、今週もお楽しみください。(Fabio)

週刊ALL REVIEWS Vol.61 (2020/08/03-2020/08/09)

暑い!…言っても詮ないことと思いながら、口を開けば、つい出てしまう。今年はマスクなんてものもありますから、もはや拷問です。要・急で日中どうしてもお出かけにならなければいけない皆様、のどが乾いたぞ、と感じる前に水分補給を。熱中症回避の鉄則です。
夏が来ると思い出す、小学生の頃のこと。父方の実家は長野で酪農を営んでおり、夏休みはほぼ丸々ひと月、弟と二人「預けられた」ものだった。朝は4時に起きて牛の世話に始まり、絞りたてのほのかに温かい乳と朝食を済ませ、畑へ出て、夕方は薪でお風呂をたく。祖父と伯父伯母にしてみれば、猫の手どころか、面倒が2つ増えただけだったかもしれない。それでも都会の喧噪を、そして宿題を忘れて過ごすひと月を毎夏楽しみにしていた。
中でも最大の楽しみは、ちょっとした「アルバイト」。期間限定の友だちとして仲良くなった近隣の同い年の子たちと、朝早く、あるいは夕方遅くに山へ行き、カブトムシやクワガタを捕る。農協へ持っていくと、当時1匹50円で引き取ってくれた。農作物に害を及ぼすカミキリムシは1匹100円の破格。弟は見つけるのが上手だったが、虫に触れず、そこで頼もしいお姉ちゃんの登場。多いときで1000円にもなった。
ところが、ある年に異変が。駅に迎えに来てくれた伯父の軽トラに乗って「楽しいひと月」の始まりに胸ときめかせながら道行く途中、「夏の友だち」を見かけ、うれしくなって「おうい」と手を振った。畑の真ん中に立っていた彼らは、私たちに首をふり向けたものの、無反応。なんだか嫌な雰囲気だった。祖父宅に着くとすぐに荷物を下ろして飛び出し、彼らのいる畑へ向かった。彼らは私たちが近づくと、何も言わず背を向けて去ってしまったのだ。何が起こったのかわからなかった。とても悲しかった。その夏は初めて弟と二人で過ごす長いひと月になったのだった。原因は何だったのか、今でも夏が来るたび考えるのだが、答えは出ない。都会の子とばかり遊んで、と級友になじられたのか。それとも、私と弟が、破ってはならない田舎の暗黙のしきたりに触れてしまったのか。
だから、この本にはやられてしまった。マグナス・ミルズの『オリエント急行戦線異状なし』(豊崎由美さん評)。イギリスの避暑地の村で夏を過ごす男が、田舎の日常に絡めとられ、旅立つタイミングを逃し続けるお話。私と弟は、この物語の主人公(で語り手)の「ぼく」のように、同化ができず異物としてはじかれてしまったのかもしれない。それはそれでやはり田舎のもつ特性(と言っては偏見になるかもしれないが)をあらわす出来事のような気もする。本を閉じた瞬間、長いこと胸につかえていた疑問がスッと消えたように感じた。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.62 (2020/08/10-2020/08/16)

8月3日にALL REVIEWSに掲載された森まゆみさんによる書評は、『幸田文全集〈第1巻〉父・こんなこと』(岩波書店)を取り上げている。(書評そのものは『深夜快読』(筑摩書房)という、1998年に出た森さんの著書に収録されたものだ。)
露伴にそして幸田文にも興味を募らせていたので、どうにも気になって書評を読んでみた。幸田文が家庭菜園でなれない農作業に苦労をしてるところを、憧れの人であった、樋口一葉の妹、邦子にねぎらってもらい、感激するというシーンが書評には取り上げてあり、ここが気に入って私も、『幸田文全集〈第1巻〉父・こんなこと』を取り寄せて読んでみた。
父の看取りをする幸田文さん自身を描く冒頭の「父―その死―」。戦後すぐ、文豪露伴にしては哀しく狭い借家住まい。その中、今なら絶対に病院にお任せするであろう終末の看護を幸田文は、歯をくいしばって自分の手でやりぬき、その記憶をすぐに赤裸々な文章にした。70歳台の私には読むのがつらかった。どうしても自分を老残の露伴に置き換えて考えてしまうのである。次の「こんなこと」以降の作品になると、同じころの記憶でも、もっと客観的に、つまり露伴の「優しさ」を織り交ぜて書いていて、読むことにつらさを覚えない。「あか」という文章では、野良上がりの犬を可愛がる幸田文を愛おしむ露伴の記述が限りなく優しい。幸田文の挑戦的な文章の奥にひそむ優しさだ。
森まゆみさんは書評を書くにあたって、つらい部分やせつない部分の紹介を、わざと避けてくれたような気がした。実際に全集版の『父・こんなこと』を、通して読むと、緊張の後に、ゆっくりと諦念の安らぎを感じるようになり、気持ちが楽になる。読書によるカタルシスだ。
このことを読者が自身で体験できるように狙って書評を書かれたのだろう。単に本を手に取らせるだけでも書評の役割は充分果たしているだろうが、本をひもとくことによって読者が深い読書体験を得られるように配慮された書評だなんて素晴らしすぎる。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.63 (2020/08/17-2020/08/23)

晩夏のメルマガです。
頭上から動かない雲のように、例のウイルスが我々の暮らしに居座っています。万全の体制で臨むしかありませんが、哀れなのは季節の移ろいです。今を盛りと輝く生き物たちは目を向けられないまま、あっという間に過ぎていく気がしてなりません。福岡では果物店にナシが出て、自宅には早場米が届きました。もう秋ですね。
いや、そんな暗いことばかり言ってられない、こんな時こそしっかりして、足を踏ん張るぞと思っていたときに目にしたのが、郡司正勝著『和数考』(白水社)の書評(書き手は谷川渥さん)でした。
芝居の創作や演出でも有名な郡司正勝さん。言語化しづらい歌舞伎舞踊をわかりやすく体系化されたことでも知られる、私にとっては“大先生“のお一人です。

「『一度いらして下さい』などというと、一度はいいが、二度とは来るなということにはならない。……一はそれだけで、二とは続かない。つまり数えられない『イチ』である。数字ではない『一 』が日本にはあったことになる」

思わずあっ、本当だと声に出してしまいました。数字ではない「イチ」を知らず知らずのうちに使ってきているとは。普段、言葉について考えることはあっても、数を見つめることはそうそうありません。しかし実際は今も数に支配されています(例えば今は800字ぐらい)。
日本人が古来から紡いできた数の感覚を考えて、味わいつくす、そんなことができる本です。
「一の章」から「十の章」まであります。自分の好きな数字から捲ってみるのも面白いのではないでしょうか。
もう一冊気になったのは、いとうせいこう著『鼻に挟み撃ち 他三編』(集英社)。
芥川賞候補作ともなった『鼻に挟み撃ち』を含む3編。斜め上を行く不思議な短編ばかりとのこと。残暑でクラクラする頭、せっかくならもっとクラクラさせてしまいましょう。(山本陽子)

週刊ALL REVIEWS Vol.64 (2020/08/24-2020/08/30)

厳しい残暑が続いています。
どうぞ涼しくして読書ライフをお楽しみください。

先日、NHKの番組で『夢の本屋をめぐる冒険』と題して、フランス・パリの書店「シェイクスピア・アンド・カンパニー」が特集されていました。セーヌ川ほとりに古くからある書店で、今も世界中から本を愛する人々が集まります。
1919年の開業以来、いくつもの苦難を乗り越えながら今日に至る「世界で最も有名な本屋」としても知られています。オープン当時は当時パリに暮らしていたフィッツジェラルドやヘミングウェイなど錚々たる面々が集い、議論を重ねたといいます。

そこで今週の一冊がこちら。
『失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち』(書評は鹿島 茂さん)
いわゆるこれら「失われた世代」の作家たちを題材にした作品は書籍に限らずたくさんありますね。
ドラマでは『ゼルダ ~すべての始まり~』が有名ですし、映画では『ミッドナイト・イン・パリ』などが個人的にとても好きです。

さて、しばらく暑さは続きそうです。
現代のロストジェネレーション(バブル崩壊以降の就職氷河期世代)である自分も、家の中で本や映画を通して、かつて輝いていたパリの「失われた世代」にしばし思いを馳せたいと思います。

それでは、今週もお楽しみください。
Fabio

週刊ALL REVIEWS Vol.65 (2020/08/31-2020/09/06)

今年の2月、ビールの名前で知られるメキシコ・テカテへ行くことになった。“プエブロ・マヒコ(魔法の村)”と呼ばれる風光明媚な地。「来るなら泊まりにおいで」という友人の言葉に甘えて1週間お邪魔することにした。友人宅は、先住民の住んでいた自然保護地域を一望できる丘陵に位置している。大小さまざまな岩の点在で構成される異世界のような斜面を、犬や猫のほか、豚やニワトリがのびのびと闊歩する中庭越しにながめるのはなんとも贅沢な時間だ。豚は大きいのと小さいのと二頭いて、小さいほうは私たちが行く直前に購入したものだという。「よかったら名前をつけてくれないか」というので「Bu-Chan」にした。由来を聞かれて、オノマトペと、スペイン語でいう「~ト」とか「~タ」を組み合わせたものだよと説明すると、「なるほど」と気に入った様子だった。大きいほうは「ビッグママ」と呼ばれる堂々たる黒豚だ……待った。週末は中庭で小さなレストランを開く友人、「来たら料理の腕をふるうよ」って、子豚を買ったということは、まさか、まさかね。不安になり友人に尋ねた。「“ビッグママ”をどうにかしたりしないよね?」。友人は「No!彼女は家族の一員だし、実をいうと家族の中でいちばん愛してるから!」と一笑に付したあとで、「そうだな、でも、こんな(コロナの)状況だし、仕事に困って、食べるものがなくなって家族が飢えるようなことになったら…『ごめんな』って手を合わせて食べることになるだろうな」と言った。その言葉にはハッとすると同時に、彼のゆるぎない境界線の引き方が見えて感じ入ってしまった。そこで思い出したのが、高橋源一郎さん書評の『豚の死なない日』(ロバート・ニュートン・ペック、白水社)だ。帰国したら読み返すんだと意気込んでいたのに、コロナ禍の騒動もあってすっかり忘れていた。獣医さんから「太りすぎ」と指摘されて家族の協力のもとダイエットに励んでいる“ビッグママ”がこの先もずっと友人一家と暮らしていけるよう願って、この週末、手に取ろうと思う。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.66 (2020/09/07-2020/09/13)

ALL REVIEWS友の会に所属しながら、書評のことは知っているようで知らない。これはクヤシイので月刊ALL REVIEWSの対談ビデオや書評本で、書評について勉強してみた。
8月の月刊ALL REVIEWSノンフィクション回、武田砂鉄さんとの対談のなかで鹿島茂さんが、書評についていろいろ語ってくださった。そのなかで心に残ったのは丸谷才一が述べたと言う新聞掲載書評の書き方三原則。いわく、
・マクラは三行で書く。
・要約はきちんとする。
・本をけなさない。
鹿島さんは、書評は書籍を通じて時代を知る一種のフィールド・ワークであるとも、おっしゃっていた。
鹿島さんの書かれた書評集を、ALL REVIEWSで探した。『歴史の風 書物の帆』が見つかった。ご近所の書店で売っていなかったし、最寄り図書館にもなかったので、電車二駅先の隣の市の図書館で借りてきた。
まえがきに代えて」(実はALL REVIEWSに収録済み)に、書評の原則が書かれている。期せずして、さきほどの丸谷三原則の解説にもなっている。
・イントロは素人向けに書く、書評の目的は最終的に書店で本を買ってもらうためのものだから。
・引用は多めにする。引用だけになってもかまわない。ポイントを引用できると効果的だ。
・評価は同種の本と比べた相対評価とする。評価の際にフォルム(本の書き方)も重視する。
「歴史の風 書物の帆」という題名は美しいし、書評は時代の思潮を知るフィールド・ワークであるという事をうまく表現している。これは、小学館文庫版についている堀江敏幸さんの解説(これもALL REVIEWSに掲載済み)を読むと、エピグラムとして掲載されたベンヤミンの『パサージュ論』の一節に由来することが理解できる。元となった筑摩書房の単行本は1996年に発行されたが、昭和という時代に「航海」に出たたくさんの本という「帆」にどのような風が吹き付けたかが、収録された多数の書評を読むとよく分かる。もちろん、この中には本を買いに書店にすぐ行きたくなるような書評がたくさんある。
2020年、現在の大嵐のなかでも、たくさんの「帆」が厳しい風をはらんで、この世界の中で舞っている。鹿島さんのみならず、多くの書評家の方々の書評を読み、なるべく多くの帆の状況を調べたい。誰にでもできて、楽しい「フィールド・ワーク」だ。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.67 (2020/09/14-2020/09/20)

先週は特に夕刊が楽しみでした。日経夕刊の「こころの玉手箱」に鹿島茂さんが登場されていたからです。
なぜフランス文学の研究にいたったかに始まって、古書集めで破滅しそうなほどの大借金をなさったこと、古書にとどまらずイラストも蒐集するようになったことなどが、ユーモラスかつ軽快に書かれていました。フランスの古書は革の表紙が乾燥しないよう、オイルで手入れをするとのこと。本への愛情のかけ方ってさまざまなのだと知りました。どのエピソードにもフランスの香りを感じて、毎日うっとりともしました。

その夕刊をポストから持ってきてくれるのは、わが家では学校帰りの子どもの役目です。いつもは夕飯が終わるまで脇に置かれているため、夕刊を待ちかねる私を不思議がっていました。

先週のALL REVIEWSに掲載された武田砂鉄さんの書評による『おやときどきこども』(鳥羽和久、ナナロク社) は、子育て真っ最中の私にとって強く響くものでした。 学習塾を主宰する著者が子どもたちとの長年の対話エピソードを引きながら、親の役割を見直したくなる内容となっているとのこと。 子どもが誕生したときはただ健康で育てばいいと願います。あらゆる危険から守ると誓います。すぐに将来の幸せを願うようになりますが、その延長線上に親の理想ができあがっていくのかも知れません。気づけばその線の上には、肝心の子の姿が見えなくなっているのかも。思ってもない言葉を返されるときがありますが、もしかするとその兆しなのかも知れません。たくさんの対話エピソードが入っているようです。大切な何かをもらえる気がしています。
実は鳥羽さんの塾はウチから割と近距離にあります。扉を開けるとすぐ書店がある、ちょっと人に教えたくなるような素敵な場所です。

もう一冊気になったのは『かしこくて勇気ある子ども』(山本 美希、リイド社)。
書評は中条省平さん。子どもを産むとはひとつの命をこの世界に送り出すこと。こんな世界で本当にいいのか?社会を見つめ直すきっかけとなる作品のようです。(山本陽子)

週刊ALL REVIEWS Vol.68 (2020/09/21-2020/09/27)

やっと少し涼しくなってきました。
季節の変わり目です。体調には十分お気を付けください。

前回こちらの巻頭言でフランスのパリについて触れました。
あらためて外務省HPから閲覧できる欧州における都市別在留邦人数ランキングを見てみますと、欧州では日本人が一番多く暮らしているのはロンドンで、二番目がパリでした。

昔から“花の都”と謳われ日本人のみならず、世界中が憧れた街はやはりパリだと思います。
みなさんはパリにどんなイメージをお持ちでしょうか。
私の勝手なイメージでは、パリはロンドンのような伝統に基づいた紳士然とした社会というよりも、すき間すき間に遊びがあって、道徳観に基づいた規範よりも、芸術や享楽が優先される街、といった感じです。
いわゆる「ボヘミアン」という言葉がぴったりではないでしょうか。

そこで今週の書評集からこんな一冊。
『異都憧憬 日本人のパリ』(書評は鹿島茂さん)
パリから大きな影響を受けたのはフィッツジェラルドやヘミングウェイに限りません。
古くから永井荷風、高村光太郎、島崎藤村、金子光晴ら日本を代表する文豪たちも刺激を受けています。
かの都に滞在した日本のアーティストたちは、当時何を見て何を感じたのでしょうか。
昔から感じるけどうまく説明できない、パリの「ボヘミアンな感じ」をひもとく一冊になりそうです。

今週は『モスクワの伯爵』で知られるエイモア・トールズの戦間期ニューヨークを描いたデビュー作『賢者たちの街』(書評は若島 正さん)も紹介されています。
海外旅行は依然難しそうですから、引き続き読書の旅を続けましょう。

それでは、今週もお楽しみください。

Fabio

週刊ALL REVIEWS Vol.69 (2020/09/28-2020/10/04)

あっ、この人は、同じ本を読んできたのだなとわかって、うれしくなる瞬間がある。絵本だ。たとえそれが、世代も育った場所も違う、まったく存じ上げない赤の他人であっても、子ども時代のあるときにどこかで手にし、何かを感じ、それを心のどこかに大事に抱えて大人になった人には、「クラスは違うけれど絶対に小学校の廊下ですれ違ったことがあったに違いない」という妄想めいた親近感を抱いてしまう。福音館書店の『パンやのくまさん』シリーズは、そんな本のひとつ。エッセイという形でご自身の体験を明かしてくださっている深緑野分さんに、ぐっときてしまった。『パンやのくまさん』シリーズのくまさんは、働き者(クマ)である。くまさんが朝起きてから寝るまでの一日が、淡々とした仕事ぶりを通して描かれる。本来は、この職業はこういうことをするものだと子どもに教えるための本なのだろうけれども、深緑さんも書かれているように、周囲の人たちとのかかわりを含めた世界が優しすぎて泣けてくるのだ。それはきっと、懐かしさからくるものであるのと同時に、今の自分と自分を取り巻く世界とのギャップに悲しく、寂しくなってしまうからなのだと思う。とりわけ自粛期間中はネットの世界にいる時間が長くなり、そのなかで見たり巻き込まれたりした諍い事に心が疲弊してしまうことも少なからずあった。もしかして、子どものころよりも世界が狭まっていないだろうか? 目まぐるしく飛び込んでくるニュースを追いかけ、わかったつもりでいるうちに、気がつけば袋小路に追い込まれていないだろうか。そんなときには、未知の出来事に心をときめかせ、想像を働かせて楽しんだあのころを思い出させる懐かしい絵本たちが、思いもよらない脱出口を示してくれるような気がする。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.70 (2020/10/05-2020/10/11)

週刊ALL REVIEWS第68号の巻頭言で紹介された『賢者たちの街』を読んだ。ブルックリン出身の編集者が語る、もの悲しく美しい1930年代ニューヨークでの立身出世と恋愛談。編集者がカーラジオで聴いて感動した『ニューヨークの秋』は多くのアーチストが手掛けたスタンダードナンバーだが、編集者が聴いたときに歌っていたのがマイノリティーのビリー・ホリディであるという設定が重要だ。ちなみに編集者は若いときから本の虫。

あまりに面白かったので、同一著者の『モスクワの伯爵』も続けて読むことにした。1920年代のホテルでの軟禁生活を語る前半はエンターテインメントとして楽しめた。1930年代の後半はスターリニズムの圧迫への伯爵のしたたかな抵抗が痛快。テーマは本当は非常に重たいのだが、「チャーミングな小説」(アメリカの某編集者評であると本書あとがきで訳者に教わった)として、全体を一気に読ませる凄腕の著者エイモア・トールズ。素人目にはこれが長編の二作目とは思えない。

『モスクワの伯爵』は2016年刊で、著者の公式Webサイトを見ると次回作は2021年に出す予定らしい。勝手な内容予測として、モスクワから「自由の国」への亡命物語と考えてみた。亡命先で伯爵または娘またはパートナーの辿る道は、『賢者たちの街』と似たものになるだろう。「自由の国」での生活をなんとか始められたとして、その先にきっとある差別をエイモア・トールズはどうとらえて、いかに『賢者たちの街』のように小粋に、瀟洒にかつ酷薄に描くだろうか。

ともかく二冊とも面白く読めた。物語に没入するときのあのわくわくする気持ちを味わうことができた。宇佐川晶子さんの翻訳も素晴らしい。二冊のストーリーの社会背景を重ね合わせて考えるのも興味深いし、現在の世界の閉塞状況を救う道を考えるときの参考にもなりそうだ。エイモア・トールズの出自も気になってくるが、インターネットで調べても表面的なものしかわからない。

良い本に出会えたのはALL REVIEWSのおかげだ、そして巻頭言執筆仲間のおかげだ。今週も楽しい読書を求めてALL REVIEWSを巡回したい。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.71 (2020/10/12-2020/10/18)

先日、多和田葉子さんと池澤夏樹さんのあるオンライン対談を視聴しました。ご存知の通り、海外暮らしや旅などの経験が深いお二人です。世界から日本を見る視点に立つお二人のやりとりは興味深く、時折ドキリとさせてくれるものでもありました。
途中、読書術のようなものがちょっびり披露されていました。多和田さんは10冊ほどの本を併読し、1冊10分と決めて順に読む方法をとっていらっしゃるとか。これを書いている間も、机の左でタワー化している本がチラチラ目に入る私。真似させていただこうかと思っています。

先週ALL REVIEWSで紹介された『下水道映画を探検する』(忠田 友幸、講談社)。
は面白すぎて手が止まらず、積ん読の一員にならずに済みました。『下水道』と『映画』の掛け算からして吸引力抜群。書評の書き手は柳下毅一郎さんです。

“映画好きな下水道に携わる技師”の忠田友幸さんは、名古屋の下水道局員の技師で、退職するまで勤め上げたという方。映画鑑賞しては、下水道が登場する作品のパンフレットを買い求め…としているうちに研究に歯止めが効かなくなり、ついには業界誌『月刊下水道』に連載の企画を自ら持ち込んだのだそう。

下水道は暮らしを支える重要なインフラながら、目に触れることはあまりありません。そこを古今東西の映画を紐解きながら、下水道の歴史や時代の文化、描かれる下水道の真偽まで(ここがプロですね)つまびらかに見せてくれます。これは下水道への愛が詰まった本でもあるのです。

黒と白のモノトーンの装丁は暗い下水道のイメージそのもの。ページめくるごとに地下の世界へ引き込まれていくようでした。読了後、下水道に注目せずに映画を観ることはもう、できなくなるでしょう。(山本陽子)

週刊ALL REVIEWS Vol.72 (2020/10/19-2020/10/25)

いよいよ来週に迫った米国大統領選挙。
第2回テレビ討論も終わり、終盤へ向けて両陣営の活動はさらに活発化しています。
討論会の評価は様々なようですが、ある著名な政治学者は視聴後、オバマ前大統領だったら両候補とも打ち負かしていただろうとツイートし話題になりました。

この時期、あらためて言葉が持つ力について考えさせられます。
今、週刊ALL REVIEWSで紹介されていたこちらの本を読んでいます。
『世界を変えた100のスピーチ』
チャーチルやオバマなど過去の名演説を集めたスピーチ集かと思って読み始めたのですが、古代ギリシャから現代までを演説で読み解く歴史の書でもありました。
収められている演説もケネディやマンデラといったすぐに思いつくリーダーだけではなく、ヒトラーやビンラディンといった人物のものまであり、実に多彩です。
言葉の力と共に、古代ギリシャから現代までの人類の歴史2000年間を読み解く一冊となりました。

訳者あとがきで大間知 知子さんは、「過去の演説に触れることは、現在と未来を見つめ直すことにつながる」と書かれています。
今週も言葉が持つ力に思いを馳せたいと思います。

Fabio

週刊ALL REVIEWS Vol.73 (2020/10/26-2020/11/01)

東京国際映画祭が先週土曜日から始まった。コロナ禍で世界各地の映画祭がオンラインメインになるなか、東京はどうなるだろう…とやきもきしていたら、例年と変わらない形で淡々と案内が来て、セレモニーなどのイベントを簡略化し、粛々と進んでいる。行き交う人が少なめなのと、チケットチェックの前に検温と消毒があり、全員がマスクをしているのを除けば、いつもと変わらないように見える。人の順応力はすごい。国際映画祭の魅力は一般の劇場ではなかなか観ることのできない、小ぶりながら優れた作品に出会えることだ。多くはその時々の世相や文化を色濃く反映しており、コロナで遠くなってしまった世界の今が感じられる。不思議なことに、そういった作品を観るとき、人種や社会的背景、宗教さえも違うのに、懐かしさにとらわれる瞬間がある。慣れ親しんだ景色が脳裏に想起され、それはスクリーンに浮かぶ光景とは似ても似つかないのに、近しい感覚を生みだしていく。同じ体験を小津映画でした人が韓国にいた。『小津映画の日常―戦争をまたぐ歴史のなかで―』の著者、朱宇正さん。90年代、韓国で日本文化の開放が始まる数年前に書物で出逢った小津安二郎監督の作品に焦がれ、2000年代にようやく留学先のアメリカの図書館で『晩春』と『東京物語』を手にしたときの興奮が「既視感」で上書きされたという経験が面白い。観る側の求めるものと映画の根底にあるテクストが一致したときに起こる現象なのかもしれない。それは単に記憶の弧をなぞるだけでなく、一回り大きな同心円を描き心のキャパシティを広げてくれる気がする。きっとそういった作品が忘れがたい一本になるのではないかと思う。本についても同じことが言えそうだ。ただいま読書週間のまっただ中。時代を超え、国を越えて自分だけの一冊に出会える喜びを探してみよう。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.73 (2020/11/02-2020/11/08)

映画及び映画パンフレットのプロ、朋さんの書いた先週の巻頭言で紹介された『小津映画の日常―戦争をまたぐ歴史のなかで―』の書評を読み、この本も読みたくなったが、小津安二郎のことも深く知りたくなった。『帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画』も読みたい。とりあえず、すぐ入手できた本、西村雄一郎の『殉愛 原節子と小津安二郎』(新潮社)を読んだ。有名すぎてかえって知らなかった小津安二郎監督のことがわかり、明るく楽しい題材というわけではないのだが興味深く読めた。

本に紹介されていた原節子主演の三部作、『晩春』(1949年)と『麥秋』(1951年)、『東京物語』(1953年)をビデオストリーミングで視聴した。戦争の悲惨な体験を昇華させて、新時代をいかに希望のもてる社会にすべきかを模索するため作られた映画と思えた。小津映画を観るときに、ノスタルジーを感じる人は多いだろう。私はこのノスタルジーを、単なるセンチメンタルな回顧としてではなく、当時小津安二郎や原節子が持っていたであろう新時代への希望やあこがれを、私自身も再び挑戦するものとするきっかけと考えたいと思う。

本筋とは関係ない些末とも思える描写にも、小津マジックは宿っている。たとえば、玄関引き戸に取り付けられた来客通知用のベル。引き戸を動かすと、小さな車輪が回転し、車輪についたベルが連続して甲高く鳴る。昭和二十年代後半に住んでいた我が家の戸にこれがついていた記憶がある。原節子が帰ってくると、彼女の父親は机で本を読んでいるが、派手なベルの音で帰宅に気づく。出かけるときも似たようなことになる。人生は旅立ちと帰郷、出会いと訣別の連続だろうが、それを象徴するベルの音を、原節子は高らかに鳴らしてやまない。三部作すべてに、この玄関のベルは登場する。小津安二郎は本当はどんな思いでこのベルを鳴らし続けたのか。

書評は、そして映画評も、私の書斎に鳴り響くベルの役割を果たしている。このベルならいつでも何度でも鳴って欲しい。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.75 (2020/11/09-2020/11/15)

今週はクルードラゴン・レジリエンス号の打ち上げで幕を開けました。未来の到来を感じさせる、あのシンプルな内装の宇宙船を初めて見たときは大層驚きました。のちに野口聡一さんが乗り込むと知ったときには、同じ日本人としてワクワクしたものです。
現在、Twitter上では、野口さんが掲げている挑戦にかけて、#挑戦をやめない というタグでつぶやきが集まり始めているようです。国際宇宙ステーションの滞在とほぼ同じ、6ヶ月間をかけて挑戦することをTwitter上で決意表明するという主旨のもの。野口さんが宇宙で挑戦している間、同じ気持ちでいられるってなんだかいいと思いました。
挑戦といえば、先週ALL REVIEWSで紹介されたちゃんへん.『ぼくは挑戦人』(ホーム社) をぜひご紹介したいと思います。少年時代に民族差別にあっていた外国籍のちゃんへん. さんの半生の物語。ジャグリングと出会い、プロパフォーマーとして認められたことでようやくアイデンティティを確立できた、そんな話が綴られているようです。書評内に引用されている「人は共通点・共有点があると、それだけで互いにとって大きな支えとなる存在になれる」。この一言に惹かれます。その背景を早く読みたいと思っています。
先ほどの #挑戦をやめない のたくさんのつぶやきをしばらく眺めていて、あることに気づきました。三度目の宇宙に行くのも、ジャグリングを始めるのも、私のように明日からちょっと何かを始めてみようというのも、当人にとっては同じ挑戦であり、規模の大小なんてないということ。『ぼくは挑戦人』は一歩を踏み出そうとする多くの人に力をくれることでしょう。
余談ですが打ち上げ前の日本時間の早朝、野口さんのつぶやきに「宇宙に行く前にカツカレーを食べた」とありました。胸焼けの心配はないの?なんて思いましたが、もしかしてゲンを担いているのかもとふと思いました。野口さんの挑戦の先にはカツ(勝つ)があり、華麗に舞うのですね!(山本陽子)

週刊ALL REVIEWS Vol.76 (2020/11/16-2020/11/22)

秋の我慢の3連休、皆さんはどうお過ごしでしたでしょうか。
天気も良く絶好のお出かけ日和で辛いところでしたが、私も遠出はぐっと我慢して近場をふらふら。
さて、そろそろ冬休みに読む本をいろいろ探し始めている方も多いと思います。
ニューヨーク・タイムズでもこの頃になると毎年「100 Notable Books of 2020」として、その年の注目の本100冊をHP上で発表しますね。

今週のALL REVIEWSメールマガジンでも、関連して素晴らしい本が紹介されています。
『世界で読み継がれる子どもの本100』
作者コリン・ソルター氏は以前もこちらでご紹介した『世界を変えた100のスピーチ』なども書いた人で、読者が興味を持ちそうなテーマを取り上げて一般の人にもわかるように、そしておもしろく書くことに定評のある人だそうです。

このように良本を紹介するガイドブック的な本はひと粒で何度も美味しいので大好きです。
でもこの本が特別なのは、訳者あとがきで金原 瑞人さんが書かれている通り、取り上げられている本をソルター氏が選んでいないことです。では誰が選んだのか?
一冊一冊の紹介の方法も少し変わっていて、ひとつひとつが一編のエッセイのように仕上がっているとのこと。
紹介されている100の名作ももちろん楽しめそうですが、この本自体にも興味が出てきます。
なつかしい一冊と再び出会う読書体験。

みなさんもぜひ手に取って、ここから冬休みの一冊を探してみてください!
Fabio

週刊ALL REVIEWS Vol.77 (2020/11/23-2020/11/29)

10年はひと昔の単位。書評家の豊崎由美さんを発起人として創設され、一つの歴史を築いたTwitter文学賞が今年、終わりを迎えた。大手出版社の企画するベストテンとはひと味違うラインナップが魅力。誰かの推し本が共感を呼び、ハッシュタグで広がってトレンド入りする現象を起こした、SNS時代にふさわしい身近な文学賞だった。その10年の軌跡は下記のWebサイトで見ることができる。
https://twitter-bungaku-award.theblog.me/
Twitter文学賞には国内編、海外編の2ジャンルしかない。純文学もミステリーもSFも一緒くた。時期が訪れて「#tb_award」でTLがにぎわい始めると、オールジャンルから1冊をどう選んだものか、惑い、焦り、それを楽しみ、考えに考え抜いてTLに流した1冊のゆくえをはらはらと見守った。そんな年に一度の「小説好きの祭典」がなくなってしまうと知り寂しく思った読書人たちは、即座に行動を起こした。
それが、Twitter文学賞の精神「誰でも投票に参加できる文学賞」を受け継ぎ、後継の賞として発足した「みんなのつぶやき文学賞」だ。11月15日には選考委員を務める予定の5人の書評家たちが記念イベントを行った。設立の経緯が簡単に述べられたあとは、5人がそれぞれ持ち寄った推し本のプレゼン大会。なかでも興味をひかれたのが、倉本かおりさんご推薦の『バグダードのフランケンシュタイン』(アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳)だった。タイトルのインパクトに加え「中東×ディストピア×SF小説」という帯の惹句の強烈さ。まだ半分を超えたあたりだが、決してキワモノではなく、05年のイラク社会の不安定さと危うさを、ユニークな登場人物たちに怪奇をまじえて描く正統派の群像小説であることに驚かされながら読み進んでいる。2021年もまた、こんな驚きを得られる書と出会いたい。
先達がいるという意味で「みんなのつぶやき文学賞」はゼロからのスタートではないが、まだ手探りの最中。「みんなの」で始まり、より親近感が強まった新生の文学賞が来年どんなにぎわいを見せるのかは、ひとえに「みんな」次第である。運営サイトでは応援チケットでの支援も呼びかけている。人と人との繋がりが断たれることの多かった今年、「みんな」で志を繋ぐ賞が立ち上がったことは大きな意味があるのではないだろうか。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.78 (2020/11/30-2020/12/6)

作家の日記を読むのが好きだった。歳を重ねるにつれ、なおさら好きになってきた。昔から、自分の好きな作家の日記を探しては少しずつ読んでいた。森有正、辻邦生、トーマス・マン、アシモフ、池波正太郎、植草甚一、永井荷風など。以前は作家の私生活への好奇心や自分の人生の指針を求めるという少し下世話な読み方をしていたのかも知れない。
AR(ALL REVIEWS)で、好みに合いそうな本を書評を頼りにして見つける楽しみを覚えた。試みに「日記」というキーワードで、書評を検索すると、200件以上ヒットする。ヒットした書評を少しずつ読んで、心に響くものを選び、紹介された日記本を手に入れて読んで見る。このやり方で、出会った本はサートンの『70歳の日記』(みすず書房)や『ツヴァイク日記 1912~1940』(東洋出版)、ジャン=ポール・サルトル 『奇妙な戦争―戦中日記』(人文書院)など。ARの「日記」本の沃野は広く、とても読み尽くせないが、そこが楽しみでもある。
最近は、自分の生まれた頃や若かったころの年月を選んで、その時点で好きな作家はどう暮らしていたか、書いていたかを知ることにも興味を持ち始めた。この視点で昔買い集めた日記を読み返すとまた違った面白さがある。池波正太郎の『私の銀座日記(全)』(新潮文庫)は、何回も読み、昭和50年代後半から60年代前半の、粋人の東京市井生活の記述に唸った。しかし、何回も読んでいるうちに、池波正太郎の健康が年とともに衰えていくのを日記の記述から強く感じるようになった。哀しくなり、途中で読めなくなってしまうようになった。
今は、『トーマス・マン日記』(紀伊國屋書店)を読み終えようと奮闘読書中。なにしろ全10巻、2段組で各巻600ページ以上なので、読み始めて足掛け10年になるが、やっと8巻目の終わりに差し掛かったところだ。1951年と1952年の日記が収められた巻だ。マンは76歳、老いと亡命生活の疲れの中でも、頑固に自分の生活様式を守りつつ、長編『クルル』の続きと、中編『欺かれた女』を書き続ける。『クルル』は40年越しの執筆を再開したのにすぐ中断する。結局、『クルル』は未完に終わってしまうのは知っているが、同じ年寄の身としてはなんとか、執筆を完成させて欲しいと考えながら読んでしまう。
私は『トーマス・マン日記』のあと2巻を読みきれるのか。今のペースだと、来年4月には読み終えているはずだ。毎朝6時に起きて、少しずつ味わいながら読んでいる(hiro)

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いかがでしたか。お楽しみいただけたと思います。もっと読みたい方へ、これ以前の巻頭言は、ここにとここにあります。
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