【連載小説】恋愛ファンタジー小説:最後の眠り姫(108)
前話
「こちらでございます」
深い森を抜けると平地にでた。ところどころ樹が立っていたり花がさいている。その先に山があった。その山には無数の穴があけられているのが見受けられる。
「この地帯は『安息の地』、『ハーフェン』と言います。この先の洞穴の中の一つ『還りたる処』、『ハイムケーアオルト』の洞穴から次元がつながっていると言われています。次元に入れるのは神官を伴ったものだけ。無数の洞穴は魔皇帝の秘物を探しに荒らした者たちの洞穴です。どの洞穴かわかる方はいますか?」
「あそこ」
ヴィルヘルムが即答する。
「その通りでございます。あなた様が『レベンスヒューター』、様でしたか。まだお若のに]
「まさか生まれ変わりとは思わなかったんだよ。僕も。そんなものさ。運命なんて」
少し、ヴィルヘルムの声がすさんでいた。思い出すのだろう。過去を。私たちは村長と別れて道を進む。還りたる処の洞穴にはいる。暗くて奥が見えない。ヴィルヘルムがすっと前に出た。すると洞穴の側面に光がともった。まるで道案内するように道を示していた。
「いくよ。覚悟はいいね?」
「ええ」
代表して私が答えるとヴィルヘルムはにこっと笑う。
「心配しないで取り込まれないから。姉上たちは足下が危ないから抱えてもらって。フリーデと僕が宝物を持つよ。フリーデ横に来て」
「はい」
穏やかな表情でフリーデが前に出る。もう恐怖心はなかったよう。ヴィルヘルムのしっかりした声と表情を見て安心したようだった。
私とカロリーネお姉様はいつものようにお姫様だっこされて進む。次第にどくん、どくん、と脈打つ洞穴になった。まるであのおじい様に初めて会った時に通った穴のように。そしてまっすぐ見るとまたおじい様と会った時の扉があった。
「あれは次元との境目を可視化しただけの扉。あの向こうにあの方はいる。さっさと返して帰ろう」
明るいヴィルヘルムの声になんだか不自然さを感じるけれど、きっと空元気をだしているのだろう。そうでもないとやってられないのだ。還りたる処なのにまた出ていくからだ。戻りに来たわけではない。忠誠心と自分の心のせめぎあいがあるようだった。
「ヴィー。無理しなくてもいいのよ」
私はクルトの抱える手から降りるとヴィルヘルムをそっと後ろから抱きしめる。
「無理はしてるけれど、これぐらいでへたっていたらフリーデをお嫁さんにできないよ」
「ヴィー」
フリーデが愛称を呼ぶ。
「さ。開けるよ」
扉があいたかと思うと何かの透明な壁を高速に通り抜けた感触がした。
”われのもとへ帰ってきたか。レベンスヒューターよ”
突然、声が降ってきた。空間は紫水晶で彩られていた。
「還ってきたのではありません。お返しに来ただけです」
ヴィルヘルムが何か言おうとする前に私が遮って言う。
”エミーリエ、か……。何を返しに来た”
「これを。フリーデ貸して」
水晶の入った箱から水晶を取り出す。クルトは剣を持っていた。
「これを。あなたの元へ。人はもう歩き出せる時代です。自ら和平を築けます。これはもう必要ありません。魔皇帝も神官もいりません」
”なるほど。帰ってきたわけではないのか。それでも我に神官は必要だ。また民が生まれる。争いが起きる。未熟な民にはレベンスヒューターが必要だ”
「ならば、別の神官をあたってください。ヴィルヘルムは神官でも魔皇帝でもない。私の大事な弟です。私の還りたる処にいてくれないと困るんです」
”ほう。この世界にそなたが還りたる処を作ろうというのか”
「私の還りたる処は家庭です。結婚し、子供を産み、兄弟姉妹と協力して世界に貢献する。それが私がこの時代に生まれた意味です。決してあなたの手足になるために目覚めたのではありません!」
ちんたらと話をする気はなかった。珍しくイライラして気迫と共に言葉をぶつける。まるで私がヴィルヘルムが魔力を使うような言葉の使い方をしていた。
”そなたの方がレベンスヒューターに沿うた魔力を有しておるな。しかし、帰らぬと。まぁいい。家庭とやらがどんなものかここからとくと見せてもらう。ヴィルヘルム。役目は終わった。帰るがよい。そなたの魔皇帝の部分としての魔力は返してもらう。エミーリエが十分すぎるほど気を背負っている。お前がもう背負う必要はない”
「え。魔力がなくなるのですか?」
”不安か?”
「いいえ。本来の自分に戻るだけです」
「そうよ。ヴィー。自分の目を見てごらんなさい。赤ちゃんの時の色をしているわ。それで十分なのよ」
カロリーネお姉様が手鏡をヴィルヘルムに渡すとヴィルヘルムが息をのんだ。いつの間にかヴィルヘルムの目の色が元に戻っていた。魔力もそんなに感じない。
「これが僕の本当の目の色……」
”アーティファクトはここに置いていくがよい。新たな民がどう動くかは我は居眠りでもしながらみていよう。とくと見せてもらうぞ。エミーリエ。クルト”
「はい!」
私とクルトはしっかりと答えた。手にもっている水晶と剣は宙に浮いたかと思うとふっと消えた。
「よかった」
クルトが小さくつぶやく。
”もう。用はないであろう。還るがよい。己の還りたる処に”
ブンッ。
空気が動いたかと思うと、私たちは村長と別れた道に立っていたのだった。もうどこが還りたる処の洞穴かわからなかった。
「帰るよ。みんな」
クルトが号令をかける。ヴィルヘルムはまた手鏡で自分の目の色を見ている。それをカロリーネお姉様は取るとシュテファンお兄様にお姫様抱っこをおねだりし始めた。また熱々の新婚が復活する。ヴィルヘルムはフリーデの手を取ると駆け出す。
「ヴィー!」
「姉上! 先に帰ってケーキ食べてるから!」
声変わりしていない少年らしい声で言うと二人は去っていく。
「奥さん。監督責任があるから帰るよ」
ひょいっとクルトは私を抱き上げるとそのまま走り出す。後ろからシュテファンお兄様の情けない声が追いかけてくる。
突然始まった原始の海の大元との対決はあっけない幕切れとなった。心配して損したわ。
「エミーリエがしっかり言ってくれたからだよ」
「そう?」
「奥さんは偉い。俺は喜んで尻に敷かれるよ」
「もう」
こうしてまたおじい様の館へと皆、帰っていったのだった。
あとがき
ラスボスあっけなく引っ込みました。書いてて二話ぐらいにわたってほしかったとがっくり。でもこれ、二千五百字あるんです。これぐらいあればいいか、と。今はもうここから離れて訳あり執筆再開です。こんな言い方はしないとか思い出しながら書いてます。また、考えていてネタが生まれて、またラストが延びた。うそー。と本人が驚愕しております。もう。70越してるのに。当分続きそうです。ゼルマ。ラスボスかと思ってたんですけどね。結婚式あげないとラスボス戦にならないし、そこへ行く前に国の疲弊を回復させる話が挟まってまた延びた。今日は大奥のある日、執筆は見ながら。夜遅い方が閃くんですよねー。完全に朝活ぶっ飛んでます。でも朝、六時に起きてます。三十分寝てまた起きてをするので困るのです。この三十分を利用すればいいのにとは思うのですが。仕事のある日は何とか更新とかできる。公休になるともうダメ。惰眠をむさぼる。睡眠負債がたまってます。不眠恐るべし。と、書きすぎた。ここまで読んでくださってありがとうございました。