【千字掌編】土曜の夜は理性の範疇外で……。(土曜の夜には……。#06)
「佐藤さん。今度の土曜日の夜、水族館行かない?」
仕事の同僚がチケットを二枚見せて言ってくる。限定的な言葉にん? と引っかかる。
「これ、土曜のナイト券なんだ。友達から回ってきたんだけど誰も行く相手いなくて。最後に残ったのが佐藤さん」
「あら。先輩方に振られたの?」
先輩方は器量よしが多い。しかも後輩を先に誘えばなにやら言ってくるタイプばかり。だけど、普通の見た目のシンプルな名前の山田君だから全部お断りだったんだろう。後輩は私一人だけ。きついこの職場が長続きしないでみんな辞めていった。その後に入ってくる気配もなし。
「あいにくね。同期しか残らなかったんだよ」
「いいわよ。水族館ってあの近くの小さな水族館よね?」
「そう。じゃ、仕事終わりに行こうか。ちょっとごはんでも食べて」
「いいわね。たまには息抜きしたいものね」
同期同士、気心のわかる男性だ。私も気楽に付き合っている。彼氏はいない。こんなに忙しいと作っても付き合ってられない。仕事と僕のどっちがいいの? なんて古くさい天秤をかけられるところ。でも、次の土曜日が楽しみだった。
土曜日。仕事を終わらせて玄関に立つ。梅雨の雨粒がしとしと降っていた。すい、と傘が差し出された。
「朝、降っていなかったから持って来なかったんじゃないですか?」
「山田君。それを言っちゃお終いよ。当然、入れてくれるんでしょ?」
「同期のよしみで。ついでに水族館デートも」
「あら。デートになるの?」
「さぁね。一日の終わりは誰も知りませんよ」
思わせぶりな言葉に内心ドキドキする。わかりませんように、と祈る。
水族館はナイトショーを企画していた。クラゲが暗い空間にライトアップされて浮かび上がる。ふわふわと浮いている。
知ってる? と私は言う。
「クラゲって死ぬとき消えるんだって。一番簡単なアクアリウムよね。遺体ご対面しないんだから」
へー、と山田君は言う。
「綺麗に天に上がっちゃうんだね。儚いなぁ」
「雅な感想ね。山田君、元文学部?」
「いや。経済学部」
「にしては文学的な表現を使うのね」
「なんとなく」
「なんとなく、ね」
そう言ってさりげなく手を繋いでいた。これもなんとなく? だけど暗い水族館の中だと意識せずにすむ。逆に迷子にならないで済む。合理的な納得に自分で苦笑いする。
「何笑ってるの?」
「如何に実用的な考え方をしてる自分に呆れたのよ」
「何が?」
「暗いから手を繋いでいると迷子にならないで済むって、ね」
「なるほど。僕も似たようなこと考えた。でも手は理性の範疇じゃなかったな」
「え?」
「手は繋ぎたかったから手が自然と動いたけれど、言い訳考えてた。佐藤さんのように」
「そっか。じゃ、私も手は理性の範疇外、ね」
「佐藤さん」
「何?」
「好きです」
「私もよ」
「結婚を前提としたお付き合いですよ?」
「ええ。これも理性の範疇外なのよ。私はどうしてこんな受け答えしてるかもわからないのよ」
「じゃ、理性の範疇外で進めていきましょう」
「そうね」
こうして、私と山田君は自然と理性の範疇外でゴールインした。自分でも理性の範疇外としか言えない。そして子供にも恵まれ実に充実している。あの夜の水族館がなければ、なかった結果。その結果はまだ終わっていない。子供はまだ小さい。これからいろいろ理性の範疇外で起こっていくのだろう。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
夫となった山田君の頬に軽くキスをする。これも理性の範疇外だ。こんなこと考えていたら固まってできない。これでいいのだ。
理性の範疇外。
天から降りた言葉に頼る夫と妻の私達だった。
土曜の夜はナイターアクアリウムへ……。
あとがき
ただの土曜日の夜に水族館から仕事場の放送で聞いた「明日雨になれば良いな」という局から雨もいいわね、と考えて三題話では無理があるなと思って土曜日と水族館であわせていたら「理性の範疇外」という四つ目のキーワードまででて、なんとも不思議な夫婦ができあがってしまった。
佐藤さんと山田君。実にシンプルな名字を使うのを最近よくしてます。ファンタジーで頭を使うから日本語ではシンプルがいい、と思って。野球を久しぶりに観戦し、幸せです。ここ二日は地上波なし。楽天の試合を見ることができませんでした。北海道は放映してるのに。でも負けている。先に四点いれられたー。まぁ。サヨナラ負けよりはいい。湯浅さんが~。しくししく。カムバックしたかと思えば。明日はデイゲーム? と、今日は金曜日。連載物の前に定例のシリーズ物を執筆。あとは「氷晶の森の舞姫と灼熱の大地の王子」の続きを考えないと。ネタナシ。デートもしたし、お嬢さんを下さいもしたし。あとは突撃。あ、武器作らにゃ。その話か。そんなところにも姫が顔出すイメージが。ま、書いてからのお楽しみです。ここまで読んでくださってありがとうございます。