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【千字掌編】土曜の夜に珈琲の氷水を……。(土曜日の夜には……。#11)

 中井真理は引き籠もりがちだった。
 適齢期も越え、会社で目立たない存在だ。お局様と言うほど気も強くない。控えめに控えめに生きてきた。
 そんな、真理はふと、近くの珈琲専門店へ行って見ようかと思った。
 昔はよく通った。気の良いマスターがいていつも亡くなった娘さんの話をしていた。
 久しぶりに行けば驚くだろうか。
 まだ、店は空いている時間だ。夏は夕暮れ時から数時間夜も営業をしている。

 確か、珈琲のかき氷があったはずだ。そんな事を思い出すとあのかき氷が食べたくなった。少し身なりを整えて出る。

 夜涼とでも言おうか、少し風が冷たい気がした。昼は猛暑日なのに。
 その思い出の店、「珈琲ショップ『紫陽花』」は大通りから少し外れた所にあった。それでも常連客が多い。この店で幾つの恋が生まれ終わっていっただろうか。真理もそんな人間の一人だ。

「マスター。久しぶり」
「おや。真理さん。ずいぶんとご無沙汰ですねぇ」
 マスターがにっこり笑って言う。
「あの、氷水まだやってるの?」
「珈琲氷水、今年もやっておりますよ。来年はどうしようかと思っていたのですが、皆さん、これをお目手にくる方もいらして来年も続行です。はい。お手拭きです。真理さんとも会えてうれしいですよ」
「そうですね。娘さんの話良くしましたね」
 そう言って夜には見えない庭の紫陽花の方を向く。
「ああ。紫陽花ですか。来年からライトアップしましょうかね。みなさん。夜なのに見えないと文句を言われて。花の盛りも終わってますのに」
「あら。ライトアップするの。私、来年も来たいわ」
 
 そう言って、何時も読んでいた歴史系の文庫本を手に取る。そうするとその続きの本を手に取った人間がいた。ふと見れば、一人で本を読みながらかき氷を食べている。
「読みながらかき氷では氷が溶けませんか?」
 真理はすっと声を掛けていた。似たような本を持ったからかこの店だからなのか、何かの始まる予感がして真理は声をかけていた。
「あ。そうですね。ありゃー。こんなにぐしゃぐしゃになってる。急がないと」
 
 男性は一気にかき氷を食べ始める。そして例によって例の如く、急いでかき氷を食べる者に付きものの頭痛がくる。
「いてー」
「そんなに慌てるからですよ。ねぇ、真理さん」
 マスターが真理のかき氷を持ってきて男性に言う。
「え、ええ」 

 ずっと男性の食べる姿に集中して自分の事を忘れていた。毒気がぬかれたかのように、真理は珈琲のかき氷を目の前にして男性を見ていた。
「真理、さん? ですか? 俺みたいにならないうちにどうぞ」
「あ。はい。ほんと。ここの氷は早く溶けるのよね」
 シャリシャリとした感覚と珈琲のほろ苦さを味あう。冷たさが心地良い。
「え。ここのかき氷溶けるの早いんですか?」
 真理の言葉に知っていれば、と男性が嘆く。
「またいらしたら? 私も今年はまたここに通うかと思っていますから、一緒に食べれば、楽しいですよ」
 まさか自分から誘うとは。真理は自分でも信じられなかった。何かが起きている。

 マスターがにっこり笑って珈琲ゼリーを置いていく。
「これは伝説の……」
「なんですか? その伝説とやらは」
「あ。それはですね……」
 男性と真理の距離がどんどん近づいていく。それを仲良きことは美しき事かな、とでも言わんばかりにマスターは見ている。
 また、恋が生まれた「珈琲ショップ『紫陽花』」だった。


あとがき
でました。珈琲ショップ紫陽花。勝手に営業時間延ばしました。この店は季語シリーズでもでますし、昔書いた作品にもでてくる、万能ショップです。「BARウイスキー・アンド・ローズ」と共にこれからちょくちょくでるかもしれませんね。名前は即興で変えたものの、ChatGPTさんに適齢期を越えた女性の土曜日の夜の過ごし方は? と聞いて出てきたイメージを膨らませました。かなり、変わってますが。もともとはさりげない会話から何かが始まる、ての感じの提案だったのですが、そこを勝手に歳時記から氷水を拾って珈琲かき氷を作りました。こっちもかき氷と言わず氷水がいいですかね。真理さんにはメニュー名を今言ってもらいました。noteの画面に直打ちです。あとでテキストエディタに入れて保存しますが。

珈琲ショップ紫陽花、BARウイスキー・アンド・ローズともによろしくお願いします。ここまで読んで下さってありがとうございました。

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