見出し画像

【過去掲載小説】恋愛ファンタジー小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (17)再編集版

これまでのお話

前話

 お姉様の婚礼の日が終わってから、お姉様は以前の出仕時間から一刻遅れてくる。お兄様も一緒の時が多いけれど、最近、仕事量が多いのか、お姉様を置いて先にカシワの宮に来ることが増えてきたらしい。その時のお兄様はとても機嫌が悪くて同じ宮で仕事をしているウルガーは困っているらしい。キンモクセイの宮で散々愚痴られる。そのたびにお姉様は顔を赤くしたり青くしたり。私よりも面白い百面相を披露してくれる。
 私は、婚礼が遅れて準備の余裕も出来てよくウルガーとヘレーネを連れてお城の外に出る。たまにお父様の家に行くけれど、お父様も仕事でいないから面白くない。自然とアルポおじいさんの本屋に行く日が多くなっていた。
「ウルガー。明日も絵本見に行こうー」
「ええ。さっき見たばかりじゃないか」
 お母様の大好きな桃とウルガーの大好きな葡萄を買って言うとウルガーが呆れて言う。
「だって。あそこは宝の山よ」
「お小遣いには限度があるんじゃなかったんじゃないか?」
「ゔ」
 思わず詰まる。果物を買うお金があれば絵本を買えばいいのだけど、それじゃ、なんだか悪い気がしていつも二人の好物の果物を買う癖が付いていた。今月はもう少ししかお金がない。絵本は到底買えない。ウルガーはついでに医術書を買っている。アルポおじいさんのつてがあるらしい。あのおじいさん、何かありそうな気がする。
「見るだけでもー」
「見るだけじゃ果物は買えないよ」
「ウルガーの意地悪。ヘレーネ。宮まで追いかけっこよ」
 貴族街の静かな通りに来ていた私はヘレーネのリードを離して走る準備をする。
「おひっ」
 ウルガーが止めるのも聞かず、私は愛犬と追いかけっこする。
「また、負けた・・・」
 ぜいぜいと息をしながら城門に手をつく。
「当たり前だ。犬の方が早いに決ってるだろ」
 あとから走ってきたウルガーは息が上がっていない。流石は王太子だけのことはある。日頃から剣の腕はみがいてる。私は一度剣を持ってみたけれど重くて持ち上げられなかった。弓に今は狙いを定めている。でも、これも腕力がいる。弦が引っ張れないのだ。引っ張るという事をしても当たらないとお師匠様は言うけれど・・・。他にどうするの? という疑問しか浮かばない。
「さぁ。母上のところに行って桃を差し上げたら、東屋でデートだ」
 何が楽しいのか、ウルガーは上機嫌で言う。お母様のところへ遊びに行くときは何故かウルガーも機嫌がいい。最初は焼き餅を妬いていたけれど、お母様が予告ありのちゅーなら殴らないと知ったら率先して行くようになった。
「もう。お盆取りに行かせてよ」
 きっと東屋で大人のデートだ。最近、ウルガーがめざましく大人っぽくなって眩しい。大人の雰囲気に負けてしまう。護衛のつもりでヘレーネをつけていてもヘレーネはウルガーが飼い主と思っているのか邪魔もしない。
 はぁ、とため息をつく。
「ゼルマ? 行かないの?」
「桃はさしあげにいくわ。でも東屋はだーめ」
 またヘレーネと懲りずにかけっこをする私の後をウルガーはうんともすんとも言わず後から着いてくるようだった。熱い恋人の時間はまだまだ残されていた。

 *

 ある日、もうお姉様の婚礼から数ヶ月経ち、お兄様とお姉様のあちあちぶりも収まってきた頃、お姉様が一刻たっても出仕しない日があった。嫌な予感がした。アーダにキンモクセイの宮を空けると言ってカシワの宮に行くとお兄様が必死で仕事なさっていた。ウルガーが気づく。
「ゼルマ? どうしたんだい?」
「お姉様が出仕しないの。なにかお家で用事かしら? お兄様」
「いや、特にそのようなことは・・・」
 お兄様の首をかしげる。瞬間、ウルガーが立ち上がって走り出す。
「ゼルマは待ってて!」
「嫌よ! 私も行くわ」
 二人で必死に城門を出て貴族街の通りを走る。お兄様とお姉様の屋敷へ入る。
「お姉様!」
 一声叫ぶと、執事が出てきた。
「フローラ様なら先ほど、定刻通りに出仕なさいましたが・・・」
 私は顔から血の気が引いていくのが解った。お姉様が狙われた!
 ばっとウルガーと一緒に外へ出る。何もない。追いかけてきたお兄様がウルガーと話す。それを見ていた私は二人に言う。
「ヘレーネを連れてくるわ。お姉様の足取りを追えるかも」
「わかった。我々は聞き込みをしてくる」
 お兄様が動揺した気持ちを抑えつつ、言う。私は黙って頷くと宮まで走る。
「ヘレーネ! おいで。お姉様の後を追って!」
 またヘレーネを連れて屋敷に戻るとお姉様のハンカチをヘレーネに嗅がす。
「いい子ね。このお姉様の匂いのするところを教えて」
 香を嗅がさせるとリードをゆるめに持つ。ヘレーネはわかるのか地面に鼻をつけて後を追い出す。しばらくは何もなかったらしい。順調に足取りを追えた。だけど。匂いがふっと、途切れたらしい。ヘレーネが悲しそうに鳴いて見上げる。
「ここでお姉様は連れ去られたのね」
「轍だ。ここから車で出ていったようだな」
「聞き込みはどうだったの?」
 動揺しているお兄様の腕に片手をやって安心させるように叩くと尋ねる。
「二、三日前からあやしい女が宮の主やフローラの事を聞いていたようだ。その女かその一味がフローラを連れさったんのだろう」
 悔しそうな目をしてお兄様は仕事のように答える。感情を抑えているのだ。
 私の姉だから? 狙ったの? 
 その可能性に真っ青になる。座り込みたくなるのを抑えて、あえてウルガーに問いかける。
「お父様の領地はどこ?」
「ここからそう遠くない土地だ。ゼルマはもしかして・・・」
「そこに女性が行ったかもしれないわ。たぶん、お姉様のお母様かもしれない。異国の地で側室になったのでしょう? いくらでも利用しようと思えばできるわ。この辺りではそう言う噂は随分昔に消えているだろうし、そう思えばその方がお姉様を人質にして私を狙ったと考えるのが筋だわ」
「ゼルマ・・・」
 ウルガーの苦しそうな声が聞こえる。
「行くわ。お姉様の命の代わりに」
 ウルガーが悔しそうにうめいたのだった。

 私達はお父様の運転で領地へと向かった。事の次第を伝えると領地に詳しい自分が一番いい案内ができると進んで先頭に立って頂けた。私は車に乗り込み、震える手をただ必死で抑えていた。ウルガーの手が重なる。ウルガーも手が震えていた。私はお姉様の命を心配していたけれど、ウルガーは私の命を心配していた。
「君たちは不思議だね。そうやって大事な物を守っていくんだね。二人揃って」
「ええ。でも、今回はお兄様も手伝って。お姉様はお兄様の言葉しか聞かないかもしれない。愛する人の言葉が一番なの。私の声なんて届かないかもしれない」
「ゼルマ」
 ウルガーが頭を撫でる。
「あんなに仲のいい姉妹だったじゃないか。ゼルマの声を聞かないなんてあるもんか」
「それは結婚前の事よ。結婚したら旦那様が一番なの。相変わらず、鈍感ね」
 そう言って小さく笑うと鼻頭にウルガーはちゅーをする。
「じゃ、俺は結婚する前からゼルマが一番だ」
「ウルガー・・・」
 なんとも言えない気持ちがわき上がったその時、車が止まった。
「ここが私の領地と屋敷だ。この辺りに水車小屋がある場所がある。歩いて行こう。ゼルマは待って・・・いるわけないな。自分のせいだと思っているんだね」
「ええ。私が邪魔だからお姉様を人質にとっているのよ。お姉様のためならどこでも行くわ」
 どれだけ可愛がってくれたか。その愛情に支えられていた。女の子しか話解らないことも理解してくれた。ウルガーも大事だけどお姉様も大事。あのお腹に赤ちゃんがいるかもしれないのに。お姉様の母かもしれない方が何故そんな暴挙に出たかはわからない。でもその人なら公爵家の場所も、庭もわかる。どうやって入るかも。随分昔に思っていた疑いが明らかとなった。それはウルガーも同じ思いだったようだ。ウルガーが手を握る。
「決して離さない」
「行きましょう。ウルガー。お兄様、お父様」
 答えないまま私は歩を進めた。先に行かせたヘレーネが吠えている。やっぱり水車小屋に老いた女性がお姉様にナイフを喉に当てていた。
「ふん。ただの小娘じゃないか。その子のどこが国母になれるっていうの」
「アデーレ。君か? 何時の間に娘を危険にさらすことを覚えたんだ。フローラを離すんだ」
「嫌よ。その姫と引き換えに正妃の座を頂くのだから」
「私ならどこでもいくわ。だからお姉様を離して」
 私はウルガーの手を離した。でもウルガーがまたつかむ。
「ウルガー。離して! お姉様が! あかちゃんがいるかもしれないのよ!!」
「本当か?」
 お父様もお兄様もウルガーもびっくりして私を見た。

「解るわよ。最近、つわりで辛そうだったもの。隠したって女の子の目にはわかるわ。あなたも孫となる子を産むお姉様を離して。私ならどこへでも行くから。死ねばまた意識の世界に戻るだけなんだから」
 死。
 今、私は無意識が暴走した証に殺されそうになっていた。だけど、ここで死んでもまた意識の世界に戻るだけ。これは象徴的な死。それだけのこと。それでも死は怖かった。お父様の命を奪った死。あれほど悲しく辛い物はなかった。それをウルガーに与えようとしている。辛かった。何よりも自分の死よりもウルガーへまた闇の心を与えてしまうことが。でもお姉様はこの手で守る、と決めていた。未来の可能性を秘めた子と。
 ウルガーの手をゆっくりと離す。にっこり笑うと予告なしのちゅーをした。最期のちゅー。そしてアデーレと呼ばれた女性の元へ行く。ばっとお姉様を離すと私を捕まえた。
「ゼルマ!」
 お姉様の悲痛な声が聞こえた。私はにっこり笑みを向けてから女性に顔を向けた。
「毒を盛ったのはあなたね? 何故? 正妃になりたいだけ? 側室が嫌ならちゃんとした人の妻になれば良かったのに」
「お前に何が解る。夜伽にしか呼ばれぬ側室の哀しみを。跡継ぎを産むしない女としか見られず。そのお前は王太子が気まぐれに踊っただけで正妃の座を手に入れた」
 そこで脅していた声が一変して猫なで声になった。
「私もあの舞踏会に私もいたのよ。そしてあの毒を盛ったのも私。王子はお前を見初めていた。まさか他の姫を見初めるとは計算が狂った。王は折角潰したはずの縁談を潰せず、私を追放した。お前を殺せば正妃にすると言って。お前に今度こそ死を!」
 ナイフが振り落とされそうになった時、ナイフに固い物が飛んできた。
 馬で走ってきた弓のお師匠様が弓をつがえていた。即座にヘレーネがアデーレの腕にかみつく。後から来た軍にアデーレは捕まった。これから裁かれる。殺人と殺人未遂の咎で。
「ゼルマ!」
 アデーレが私を手放すとあっという間にウルガーの腕の中にいた。
「馬鹿な真似を」
「嫌いになった?」
「いや、前より好きになった。全てを犠牲にしてまで助ける君を」
「ウルガー」
 胸元に顔を埋める。そこではっと我に返った。
「お姉様は?」
「あちらであちあちだよ。こちらもあちあちと行こうか」
「いたしません」
 つんとそっぽを向く。だけどすぐ向き直って予告なしのちゅーをする。
「ちゅーの意味がわかったわ。幸せな気持ちになれるのね」
「やっとわかった? 俺のゼルマ」
 私達はお姉さま達にも負けないほど情熱的なちゅーを交わしたのだった。
 お父様とお師匠様が呆れて空を見上げていた。空はもう春を越えて夏の空だった。


あとがき
まとめるのに面倒でこの四千字単位を倍にしてみたりしてるのでお暇なときにご覧ください。後半に行けば行くほど切りのいいところで切ろうとすると倍の長さだったり……。💦
八千字はざらです。しかし、こんなに前の時だったのね。そんなものはとっくに終わっている新連載執筆。改めて読むと新鮮。新連載部分はいちゃいちゃが多いし、感情の起伏も激しいし。ついに同棲となったし。まだ一緒じゃないけど。でも清らかな仲のままという男性には耐えがたい日々になるという。ウルガーも不運な。眠り姫から名前もらおうとかと思ったものの、面倒なので調べるのもしない。ついにアトリエシリーズから? みたいになって前に考えた名前を忘れた。簡単な名前だったんだけど。白と黒になりそうです。後半出てくる重要動物は。まだまだ先があるので、ゆっくりお読みください。「スキがつかなくても当たり前長編自力作」の連載です。よろしくお願いします。ここまで読んでくださってありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?