鞍馬アリス

140字小説・400字小説の書き手。怪奇小説、幻想小説、怪談系。『なまものの方舟/方舟…

鞍馬アリス

140字小説・400字小説の書き手。怪奇小説、幻想小説、怪談系。『なまものの方舟/方舟のかおぶれ』に「眠るイルカたち」、『RIKKA ZINE vol.1 SHIPPING』に「クリムゾン・フラワー」を掲載していただいています。BFC3に「成長する起案」で参加。

マガジン

  • 140字小説集

    140字以内で記された物語。 身近な世界に潜む不思議、憧れ、あるいは少しの恐怖。

  • 怪奇譚集

    怪談や怪奇小説に類する作品を集めています。シリーズものではなく、1話完結ものばかりですので、好きなものからお読みください。

  • 夜の唄-マイクロ本格ファンタジー集-

     夜に紡がれる、140字以内の本格ファンタジー。  美しさは短さの中に宿り、夜空に浮かぶ星のように瞬くのである。

  • 綺談集

    ついてくる日本人形。  囁く書物。  天井を流れる運河。  奇妙な物語を集めた掌編集。

最近の記事

140字小説 その741~745

741 森の奥には廃墟の宮殿が建っていた。誰が建てたのかはわからない。粒上の小石を丹念に積み上げて作られた建物は、一つの粒が抜けても一気に崩れてしまいそうな脆さを湛えていた。だが、それにも関わらず数世紀の間厳然としてそこにあり、いまだ崩れてはいないのである。 742 バーの中央には梯子段がある。客は立ち入り禁止になっている。時々、この梯子段から人が降りてくる。首に荒縄を巻きつけて、ボンヤリとした目をしている。老若男女様々で、毎回人が変わる。バーの店主に尋ねてみても、そういう

    • 140字小説 その736~740

      736 隠万葉集と呼ばれる書物がある。十世紀の前半に作られたもので、編者は紀貫之とされる。隠万葉集に掲載された和歌は、全て月について詠まれたものだ。特に月にあったという月宮に関するものが多い。その他、月の地形に関わる正確な表現もあり、天文学者を驚かせている。 737 月から産み落とされる娘たちは、地上へと堕ちていく。地面に触れると彼女たちはパッと弾け、無数の赤子となる。赤子は人々に拾われ育てられ、蒼白い肌をした青年や娘となる。彼らは二十歳になると蒼白い光を纏いながら消え、後

      • 140字小説 その731~735

        731 月見をしていると、頭上で月の形が次々と変化していく。最初は満月だったのが、次第に上弦の月、三日月へと変わり、最後は何も見えなくなった。それで終わりだった。新月だと誰かが言った。とても不吉な響きだった。以来、月が再び現れることはなく、新月が続いている。 732 海の底には月が沈んでいる。元々、月は二つあったのだ。ところが、どうした弾みでか月の一つが落ちて、海の中に沈んだのである。月には海草や藻が生え、穴が開いた場所は魚たちの棲み処になっている。だが、蒼い光だけは衰えず

        • 140字小説 その726~730

          726 文字のない場所に迷い込んだ文字は、死ぬと化石になる。字石というもので、黒々とした輝きは美しい。黒漆石とも呼ばれる理由はここにある。字石は書家や石マニアの間で珍重され、一文字数万円の単位で取引される。最も価値のある文字は字石だという冗談もあるほどだ。 727 字石マニアの妻の宝石箱には、字石がギッシリと入っている。余りに字石が多いので、石同士が擦れあい、歌を奏でる。それは文字というよりも石の言葉であり、故に我々にはわからない。本来は我々の世界に属するものから、異なる世

        140字小説 その741~745

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        • 140字小説集
          149本
        • 怪奇譚集
          7本
        • 夜の唄-マイクロ本格ファンタジー集-
          25本
        • 綺談集
          3本

        記事

          140字小説 その721~725

          721 散文詩を得意とする詩人がある日、自分の創作ノートに目をやると、見知らぬ文字が挟まっていた。肉月に轟という文字の組み合わせだ。文字が新たな文字を生んだのかと詩人は色めきたった。だが、不思議なことには、近くに肉月も轟という字も見つけることはできなかった。 722 文字たちがどこで生まれるのかは、誰にもわからない。ビッシリと文字が配列された研究書の中で、文字たちが交配して新たな文字が生まれるのだとするのが定説だ。ただ、その瞬間が記録映像として残されているわけではなく、言語

          140字小説 その721~725

          140字小説 その716~720

          716 夫は、存在しない島の地図を描くのが趣味だ。方眼紙に定規やコンパス、ペンを使って地図を描く。パソコンは一切使わない。全て手書き。すでに数百枚の地図が家に保管されている。貝楼諸島に島はあるんだと夫は言う。架空の場所なのに、なぜか懐かしい気持ちになる。 717 知人が古い旧家を壊すというので、絵巻物を譲られた。いわゆる九相図というもので、鮮やかな色彩で人の朽ち果てて行く無常の世界が描かれている。時々、独りで絵巻物を広げ鑑賞する。人の腐った臭いや、それを喰らう犬の鳴き声がす

          140字小説 その716~720

          140字小説 その711~715

          711 廃墟の屋敷には日本庭園が広がっている。建物は壊れそうなのに、日本庭園だけは綺麗に手入れがされている。もう何年も人は住んでいないそうだ。だが、誰かが手入れをしているのは間違いない。それも夜中に。別の世界と接続しているんですよと、不動産屋は力説していた。 712 水色のマッチ箱の中には、浜辺が広がっていた。指でつまむと、浜辺の一部がマッチの形になり、箱から離れる。マッチ箱の側面で擦ってみると、水しぶきと共に青い炎がついた。煙草に火はついたものの、吸うと妙に湿度が高く、

          140字小説 その711~715

          140字小説 その706~710

          706 山がおかしいのか、博物館がおかしいのか。それは分からないが、時に博物館が街へ移動することがある。緑の世界から一瞬にしてコンクリートの世界に飛ばされると、学芸員はいつも困惑する。ただ、それも一日のことで、翌日には緑のたちこめる山の中に戻っているのだが。 707 古参の学芸員は、元々この博物館は街の中にあったのではないかと語る。いやむしろ、今でも博物館はあの街の中に立っていて、この山の中にある時は、博物館が夢を見ている時なのではないかとも。他の学芸員はうわべだけは笑って

          140字小説 その706~710

          140字小説 その701~705

          701 博物館は山の中にあり、深夜になると動き出す。住み込みの学芸員は、真夜中に博物館が動きはじめると、目を覚ます。屋上へ向かい、満点の星が輝く夜空の下を歩く博物館の足音や、なぎ倒される木々の鋭い悲鳴にも似た音を聞きながら、明日も寝不足だと確信する。 702 旅する博物館へ向かう客は、その日に博物館がどこにあるのかを把握する必要がある。学芸員が毎日、博物館の位置を公式ホームページで伝えてくれるのだが、それでも向かうことが難しい場合も多い。今日は細い崖の突端に博物館はあるらし

          140字小説 その701~705

          140字小説 その696~700

          696 蒼宮殿の異変に気付いたのは、使用人の娘であった。壁や廊下に見知らぬ植物が咲き誇っているのを見かけたのだ。異様であったのは、この植物を抜こうとしても手からすり抜けてしまうことだった。植物の幽霊。そんな言葉が浮かび、怖くなった娘はその日の内に暇を貰った。 697 植物学者が初めて植物図鑑を王子に与えてから一年が経つと、王子の部屋は植物園のようになっていた。名前もわからぬ、決して存在せず触れることもできない草花。その強烈な色彩の嵐に、生みの親である植物学者すらたじろぎ、

          140字小説 その696~700

          140字小説 その691~695

          691 植物図鑑に掲載されている植物は、若き王子が目にしたことのないものばかりであった。それは、王子がまだ幼いこと、蒼い壁に囲われた宮殿の奥から出られないこと、そして何より、実際、そのような植物たちがこの世に存在しないということが関係しているように思われた。 692 亡き両親の代わりに蒼宮殿で王子の子守りを任された植物学者は、彼女が夢の中で出会った植物を絵に描き、一冊の植物図鑑に仕立てあげた。若き王子にそれを与えたのは、彼が本好きであることを見抜いたためであった。ただ、それ

          140字小説 その691~695

          140字小説 その686~690

          686 紅茶の入ったティーカップが廃墟の中に置かれている。たった今、誰かが淹れたかのように湯気が立っている。若者たちは不審げな目で紅茶を見ている。誰かが無遠慮に紅茶をスマホで取った。カシャッと音がした途端、ティーカップが割れ、背後の扉が勢いよく閉まった。 687 無人のアトリエの中には、風景画がギッシリと飾られていた。どことも知れぬ海や山、あるいは街の風景が描かれている。机の上に文字の記された紙が置かれている。閉じ込められています。助けて。机の横にはカンバスがあり、今にも泣

          140字小説 その686~690

          140字小説 その681~685

          681 土手の上を歩いていると、遠くから汽笛が聞こえる。線路は敷かれておらず、細長い道が続いているばかりだ。近くに鉄道が通ったとも聞かない。妙な心地でいると、汽笛の音が近づいてくる。やがて、一際大きな汽笛と共に、真横を何かが凄まじい勢いで通り過ぎていった。 682 黒々とした宝石箱の中には、名前の分からない宝石が入っていた。青色の石からダラダラと黒い液体が流れている。液体は宝石箱を満たし、その底で何か青いものが蠢いているように思えた。宝石箱は母の遺品であったが、親族とも相談

          140字小説 その681~685

          140字小説 その676~680

          676 旅館は広く、そのために土産物屋があちらこちらに点在していた。一角を占めている土産物屋もあったが、多くは行商風の者達だった。この旅館は広すぎますから、渡り歩いていた方が実入りがいいんで。雨雲細工を売っている行商が、秘密を打ち明けるように教えてくれた。 677 宿泊中、画家だという客と知り合った。大雨の中、露天風呂に入っている時だ。彼女はもう二年も宿泊しているそうだ。雨が空から落ちて地面に当たる、その瞬間を何億倍にも引き延ばして、その中で旅館は存在してるんです。湯船の中

          140字小説 その676~680

          140字小説 その671~675

          671 雨の時にしか行けない旅館に泊まる。一泊二日の旅である。電車を乗り継ぎ、三時間半ほどで目的の旅館へ辿り着いた、パラパラと静かに雨が降る中に、旅館は静かに佇んでいた。何階建てかも分からない巨大な建物だ。摩天楼。口を吐いて出た言葉が、雨の中に溶けていく。 672 雨中庵。それが、旅館の名前だ。とてもシンプルだなと、玄関にかけられた木札を見て思った。木札には、流麗な文字で旅館の名前が記されているのだが、よく見ると、文字の周りにも微かに雨が降っている。木札に雨雲が閉じ込められ

          140字小説 その671~675

          歩道橋のこと

           歩道橋の上には、深海が広がっている。その圧力は凄まじく、渡ろうとする者は皆、グシャグシャに潰れてしまう。  撤去をしようとしても、同じこと。どれだけ頑丈な重機でも、飴細工を丸めるかのように潰れてしまうのだから、始末に負えない。  歩道橋がある町は、山間部に位置していた。海とは縁遠い場所である、ましてや深海などというものは、宇宙の涯ほどにも遠く感じられる所だった。  だが、深海は厳然としてそこにあった。いつからあるのか、それすらも知る者はいなかった。歩道橋を渡っていたという老

          歩道橋のこと