140字小説 その726~730

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文字のない場所に迷い込んだ文字は、死ぬと化石になる。字石というもので、黒々とした輝きは美しい。黒漆石とも呼ばれる理由はここにある。字石は書家や石マニアの間で珍重され、一文字数万円の単位で取引される。最も価値のある文字は字石だという冗談もあるほどだ。

727
字石マニアの妻の宝石箱には、字石がギッシリと入っている。余りに字石が多いので、石同士が擦れあい、歌を奏でる。それは文字というよりも石の言葉であり、故に我々にはわからない。本来は我々の世界に属するものから、異なる世界の歌が生まれる不思議を思う。

728
出版業界にとって、紛れ込む文字は害虫に等しい。紛れ込んでいる状態も迷惑だが、その後に白い跡を残して去っていかれるのも困りものなのだ。業界では文字が嫌う紙質を研究し、実際に印刷もしているのだが、すると本来あるべき文字も逃げてしまうので、頭を抱えている。

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畳語は元々、紛れ込んだ文字によってもたらされた文化だとされている。紛れ込んだ文字なので、間違いには違いない。だが、星よりは星々、おめよりはおめめの方がしっくりくる場合があると人は気が付いた。故に、畳語は間違いではない存在として、今も使われている。

730
肉月に轟という文字をタイトルにした散文詩は、詩人の想像以上に売れた。皆、文字の形が面白いと言って買う。内容は、紛れ込む文字に関する散文詩である。その様々な可能性について詩人は書いてみたのだ。時に文字が紛れ込んだと苦情が来るが、詩人は聞き流している。

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