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ミハウ・クフィェチンスキ - フィリップ(2022)Filip

ポーランド系ユダヤ人作家のレオポルド・ティルマンドが42年のドイツで過ごした実体験をもとに執筆した自伝的な小説を映画化した『フィリップ』。
ワルシャワのゲットーで家族と恋人をナチスに殺された青年フィリップは、2年後、フランクフルトでフランス人と偽って、ホテルで働いている。そのかたわら、官能的な容姿を武器に、ナチス上流階級の孤独な女性たちを誘惑し、自分への気持ちが明らかになると彼女たちを無残に捨てる。「純血を守る」ために外国人労働者との婚外交渉が禁止されていた当時では、それは劇的な復讐になりえるが、自分の命さえも危険に晒す行為を繰り返していた。本作で描かれる青年の姿はつねに矛盾を抱えている。ナチスのお膝元であるフランクフルトの街を堂々と闊歩し、青空のもとプールで泳ぎ、しきりなしにタバコを吸ってワインを飲む。同僚で同室のピエールとフランス語でナチスをバカにし、豪華なレストランの厨房では嫌いなホテルの総支配人が飲むコーヒーに従業員みんなでつばを入れて嫌がらせをする。一部だけみればなんてことない、悪ふざけの過ぎる青年の青春の日々であるけれど、これは戦時下だ。そしてフィリップはユダヤ人という出自を隠したフランス人で、しかも1943年。前線では多くの人が死に、収容所では多くの人が餓死をする。この状況自体が世界と不調和だ。その上、外国人労働者との婚外交渉が見つかれば、女性は公然で丸刈りに、そして外国人労働者は、最悪銃殺刑、もしくは絞首刑である。同僚のフランチェスコが、同様の罪で絞首刑になったとき、彼は絶望するし怒りに燃える、けれど、自分の生き方をやめることはしない。どうでもいいといわんばかりに生を危険に晒す一方、生を渇望している。
そんなフィリップの日常を見ていると、ある意味戦争映画とはかけ離れている。これは制度を利用して生き延びようとする男の肖像であり、生を享受するからこそ憎しみを募らせる男の肖像なのだ。戦争の醜い面に見事に迫った戦争映画なのだ。ラスト、パリへと脱出するフィリップが下りた駅の階段には、前線へ向かう兵士たちの姿も入り混じっており、不穏な足音が迫ってくる。このあと、パリを包囲するナチスの未来を示唆しているようだ。フィリップに平穏が訪れることを願いたい。

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