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四季 #1

 記憶の中で美化される昔は、今のやるせない思いを晴らしてくれる。たとえ一時的であったとしても、それは何よりも心地良いもので、同時に現実から目を逸らす背徳感を私に与えてくれるのだ。
 記憶とは厄介なものだ。忘れたくないこと(必死になって勉強した英単語だったり、しなければならない事だったり)は決まってすぐに消えてしまう。それなのに、どうでもいいことはなぜか離れようとすらしない。
 大学帰りに、久しぶりに散歩しようと駅から家まで歩いて帰ることにした。大体予想はつくかもしれないけれど、私の地元は超が付くほどの田舎だ。年々減少する人口、活気を失った駅前通り、綺麗だった桜の木も今では切り株しか残っていない。
 私はこんな地元が大嫌いだ。大学までの道のりは1時間に1本の電車に揺られてわざわざ県を越えなければならない上に、ガタガタと激しい振動でお尻と腰が年々悪くなっているように感じる。こんな地元、いつか絶対に出てやるんだ。

 これは今から約2年前に私が書いたもの。noteの下書きに蹲っていたところを、たった今救出したわけである。このnoteの切れ端は『過去を歩く』と名付けられていた。しかし、まさか本当に出ていくことになるとは思ってもみなかった。言霊だろうか、恐ろしいものである。

 さて、最近の話だ。私はいつものように、タワーレコードで注文したレコードをセブンイレブンに取りに向かった。私の家からの最寄りセブンへは、いつも同じ一本道で、見慣れすぎているのかついでに散歩という気分にはならなかった。
 無事にレコードが梱包されている大きな箱を受け取り、いざ帰路に就こうと思ったとき、私の目線はいつも通る道とは少し外れた、細い道に逸れていた。なんとなく、今日はいつもと違う道で帰ってみるかと、好奇心とそれなりの暇を持て余す大学生だからこその余裕が混ざり合った結果の考えだった。
 まあしかし、どこまで行っても長年住んできた地元なのである。全く使わない道でも見覚えのある家や風景はそこにあった。知らない町の知らない風景ならばもうちょっと違った感想になるのだろうけれど、微妙に見知った景色は私の感情を劇的に変化させることはなかった。
 草が生い茂った厄介な道をしばらく歩くと、公園があった。平日の昼間だから人がいないのはわかりきったことだけれど、それにしても人気がなかった。まるで人々に忘れられた土地。
 昔、好きだった公園があった。小学校すら入学していなかったのではないだろうか、大昔も大昔、ほとんど記憶がない時代に私はよくここで遊んでいた。おそらく、あの時と何1つとして変わっていない。侘び寂びかサビサビかわからない変色した遊具、座ると底が抜けてしまいそうなベンチ、臭そうな公衆トイレ、お宝が埋まっていそうな砂場、どれも具体的には覚えていないけれど、変わっていないということは確信していた。それより何より、公園のど真ん中を陣取る大きな木、見た瞬間に確信した。忌々しい花粉症発症の原因(諸説あり)、桜の木である。
 初めて花粉症を実感したのはそういえばこの公園だった。なんということだ、目の前にいるのは宿敵(諸説あり)ではないか。ここで会ったが100年目、いや10数年目。冗談は置いておいて……この木を見た瞬間、私の錆きっていた記憶が煌びやかに輝き、フラッシュバックした。

 まだスマートフォンがなかった頃である。TwitterやYouTubeの存在も知らない純粋な少年がひとり、砂場で遊んでいた。ふと見上げると、力強く開花する桜。空の一面が薄いピンクだ。桜が乱雑に落とした花びらが、少年の顔にぶつかる。秒速5センチメートル(諸説あり)の追突事故である。

 今の今まで忘れしまっていた思い出、とすらいえないようなしょうもない記憶。それにも関わらず、私の心を強く掴んで離さない。あの頃って一体どんな音楽を聴いていたんだろう。あの頃って何をして遊んでいたんだろう。思い出したいことは全く思い出せやしないくせに、何気ない一瞬だけは永遠にループし続けるのだ。まるで病のように。

 後日、別の用事で再びセブンイレブンへ行った。帰り道の選択肢は2つに増えたけれど、私はあえていつもと同じなんてことはない道を選ぶ。おそらく今後、あの公園へと続く道を行くことはないだろう。ほとんど消えかかっている記憶が、脳の余計なお世話で変に上書きされる気がするから。


 春が終わるとあれだけ地面に散らかっていた桜の花びらもすっかり姿を消す。まるで記憶だ。しかしながら、毎年散ることをわかっていながらも懲りず満開に花を咲かせる桜のように、私の記憶も消えると同時に増えてゆく。まったくおかしなシステムである。
 いつか、あの公園の記憶も無くなってしまうのかもしれない。それは寂しいことだけれど、受け入れるしかない。なんたって忘れてしまうんだから。でも、私の中に在ったという事実は無くならない。

過ぎてった日々が 知らない間に重なる
重い記憶が軽くなろうと忘れる
失くしちゃいない 失くしたことを手にするから
死ぬまで消えないから
/ LAMP IN TERREN「メイ」より
https://j-lyric.net/artist/a059875/l0366f8.html

 移り変わる季節を通して、もう私の中にない、しかし確かに存在していた無名の記憶たちを想う。


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