Amazonに助けれらた話
街の本屋さんは、その街を象徴する。
昔からこう思っている。
本屋さんの棚というのは、その街の人がどんな知識を求めているのかということを反映している。
私は、地方の小さな小さな街に住んでいた。
本屋は3~4店舗ほどあったが、そこで売られている本は、雑学系の新書、ポップな小説、流行りの漫画、そして細木数子の本くらいだった。
自分が得られる知識の幅というのは、街の本屋に制約される。
きっと昔だったそうだったのだろう。
小学生の頃、本屋に行っても欲しい本はなかった。
中学生に入って、自分のパソコンを買ってもらった。
世の中はたくさんの知識であふれていることを知った。
数多Webサイトがある中に、Amazonがあった。
その時のAmazonは本屋という側面が大きかったように思う。
街の本屋では見ることのないような本がたくさんあった。
今、世間が何を知りたいと思っているのか知ることができた。
私の両親は、本を買うことについては糸目をつけなかった。
それもあって、私はこれでもかと本を買った。
社会がどうなっているのか、これからどうなっていくのか。
本当に色んな本を読んでいた。
街の本屋で得られることがなかった知識を得られたから、外の世界のことを知ることができたから、きっと今の私はあるのだと思う。
偏見かもしれないが、田舎というところは学問や教養の必要性を理解していない人が多い。
それは都市部と比べて貧しく、すぐ役に立つ実学が重視されるという理由もあるだろうし、大卒者が少ないということも影響していると思う。
そういった地域で、私に好きな本を与え、学ぶことを制限しなかった両親に心の底から感謝している。
そして、そういった環境を生み出したIT技術にも感謝した。
その時、確信した。
「ITは格差をなくせる」ということ。
インターネットさえあれば、知識が日本のあらゆるところまで行きわたり、知らない世界があるということを知れる。
しかし、それを理解して与えてくれる人ばかりではない。
教育は、知識を与えるだけではなく、外には膨大な知識と広大な世界が広がっているのだということを教えてあげてほしい。
世界を変えるのは教育だ。
IT技術を使って、教育格差をなくしていくことに少しずつでも取り組んでいきたいと思う。
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