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#6 書籍:「天使と悪魔のシネマ」

お勧め:「死神の精度」が好きな人

「そこまで悲惨なことを明かしたりしないから、俺は天使なんだよ」

人の最期を看取るのは、天使か悪魔か。

人生の最後を描くショートショートの話が、オムニバス形式で最後に一つのつながりになるお話。

死んだのだとスクリーンの向こうの女優から知らされる人、今から死んで英雄になるかDVで妻を殺すかの選択を迫られる人、死神でも殺せない人、10歳で死んだあと残された友人を見守る子など、死ぬ前死んだ後の人間の心情が軽い感じで描かれ物語が進んでいきます。

結構好きでした、いやかなり好きかも。

伊坂幸太郎先生の「死神の精度」や、古くはピーター・メイル「ホテル・パスティス」を思い出しました。

私、救命救急の後期研修医もやってたので痛感しているのですが、人は死にます。

遅かれ早かれ、絶対死ぬんです。

死亡率100%。

まあ、攻殻機動隊のように意識をネット上に保存出来たり、アンドロイドに自分の情報を移植できるのであれば別ですし、多分我々は120歳くらいまでは生きます。衰えた肉体をリペアーしながら、機械に置き換えながら、普通に生きるのですが、現段階では100%死ぬんです。

それが交通事故なんかの「本当の死」の時もあれば、「余命」とゆう宣告の形もある。

朝まで元気だった人が、「実は生まれつきの病気があって、突然死ぬ」なんてのは普通にあるんですが、多くの人はこんな状況は経験しません。

だから、多くの人は死なないと思ってるし、変わらないとも思っている。

この物語に出てくる人物は、突然来る死を目前にしても落ち着いてます。

実際は違うけど、小説なので落ち着いている。

「死神の精度」が重めの話なら、「天使と悪魔のシネマ」は軽めの話です。どちらもネットフリックスのドラマになりそうな話。

当たりまえですけど、人が死ぬと、残された人は思い出を語り、死んだ後もその人がそこにいるかのような物語を作りたい。魂が残って身近にいると嬉しいし、生まれ変わりもある。

宗教は死後の世界を規定することにより、死に対する恐れを無くし、今を生きよと述べているのかもしれません。

ああ、そうか!

軽いテンポで軽く感じる話だから「シネマ」なんですね。

天使や悪魔から見たら、人間の一生はシネマのようなもの。

水道橋博士がおっしゃっていた「来るべき人生の最終地点を全力疾走で、そして前のめりに駆け抜けたい」は、名言だと思う。

全てを今に集中して、その日を生きる。

我々が生きているのは、物語に出てくる10歳の子が生きたくても生きられなかった世界です。

Norah JonesのCome Away With Meを聞きながら、本と一緒にウイスキーのロックを飲む。

そんな夜に、紙の書籍で「天使と悪魔のシネマ」を読むのがお勧め。

ビールでもない、ワインでもない、ジンでもなく、ウイスキーのロック。

「死んだのはあんた」

そう言われた時に、後悔のない人生でありたいものです。

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