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写真集 CRP TOKYO 青砥 立石

24の眼の風景論 2020年11月 12Photographers

キャンぺーン
本日から3日間、6日PM4時59分まで、
だれもが¥0でダウンロードできます。
limitedとは違います。


大学卒業まで市川市国府台に住んでいた僕にとって、青砥や立石は京成電車で東京に行くときの、通過駅だった。青砥には下りたことがあるが、押上線の立石には行ったことがなかった。まあ、青砥にしても記憶のかなたで、高架でなかった車窓をかすかに記憶しているだけだ。
そんな立石と青砥を昨年の11月に12人が撮影した。なんの変哲もない、街並み。東京や日本中のどにでもありそうな、昭和と平成、令和と変容した街並み。わずかに残る、かつての下町の痕跡。散歩にはちょうどよいが、写真を撮るにはメリハリのある場所ではなかった。ただ、こうやって24の眼で探索すると、肉眼で見るより、写真になった町はとてもいきいきとしていた。やっぱり写真は、「なんでもない」「つまらない」風景をスナップするのが楽しいなあと思う。

CRP TOKYO 撮影会写真集は、何冊目かな。30冊ぐらい出版している。ひとり30点ぐらい。目標があると、皆めきめきと上達して、自分自身を発見する。うまくとるより、素直に発見する。
ありきたりな、自分の家の周辺を撮る、ぶらぶらRamblerひとり撮影会にも共通する写真の面白さがここにある。
なので、今回は全371ページの写真を紹介する。

スクリーンショット 2021-01-04 8.54.17

スクリーンショット 2021-01-04 8.54.36

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立石 大出雄一
僕の立石との出会いは7、8年前の一枚の写真からだった。
SNSで繋がっていた写真好きのN氏が載せた立石の写真だ。
21世紀に昭和の匂いがプンプンする街並み。
僕は直ぐN氏にDMで、ぜひ立石をモノクロフィルムで撮りたいから案内して欲しいとお願いした。
「紹介したい呑み屋が有るから、撮影はその後にしましょう」と快諾してもらった。

当日13時頃に合流して連れて行かれたのは、仲見世商店街のモツ焼き屋「宇ち多゛」だった。
開店14時なのに長蛇の列だ。既に飲酒してる人は入店お断り。3杯飲み干したら打ち止めというルール。
立石界隈では「宇ち多゛」同様の決まりを持つ店が数店あるらしい。
店に入るとこれでもかと言うくらいに、肩と肩が触れ合う間隔で席に着かされる。
このコロナ禍の時代にどんな対策をしているかは知らない。

店内では聞き慣れない日本語が飛び交い、訳が分からない。
「アブラ、生で」 「タン、生赤い所」
「カシラ、素焼き、若焼き、お酢」こんな言葉が飛びかう。
生は軽くボイルされてる状態らしい。ホント、N氏が一緒で心強かった。
僕に代わって特殊言語で次々オーダーをしてくれる姿が眩しかった。
1時間程で限度枠の3杯を飲み干して退店。日没まで2時間ほど撮って、
再び彼の行き付けの呑み屋を2軒ハシゴした。

N氏は僕よりも5歳ほど年上で写真歴は倍以上。
カメラや写真を色々と教えてもらった。
この半年後くらいだろうか、体調不良で暫く入退院を繰り返していた事をSNSで知った。
ある日を境に更新が止まりアカウントは消えた。
立石の再開発の計画を知っていて、
「今のうちに撮っておいた方がいい」と呑み屋で言っていたのが懐かしい。

今回の撮影では変わりゆく青砥と立石を刻んだ。街は変わりつつあるが、
あの街に集まる呑兵衛は面倒見が良くて粋な奴が多いよ!

2020年11月  

12photographers
TERUYO FUKUMOTO  AI OKAMURA   AUGUSTO MIYAKE
MAKISUKE OKAMURA  SHINICHI HASHIMOTO
SHINJI YAMADA  TERUMASA ARIMA  YASUHIRO ITO
YUICHI OIDE  YUTA HIRAKUBO
YOSHINORI KAMEI  ALAO YOKOGI

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