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今、なぜNFT artをやるのか!?しかも写真でする意味があるのか?001

#eth #nftart #nft #blockfoto  
はじめに
NFTアートを知って2ケ月。たくさんのYOUTUBEや記事を読んだ。1年ぐらい前に、渡辺さとるのYOUTUBEで、ブロックチェーン暗号資産の話がでたが、写真に何が関係あるのか理解ができなかった。
NFTアートとは何か?
ブロックチェーンの技術で管理、希少性、オリジナルを保証するシステムだ。デジタルに限らず、写真は最初から複製可能なので、オリジナルを保証するのは、難しい。作者のサインがその証明になる。
それと同じで、コピー可能なデジタルデータの、唯一性をブロックチェーンが保証してくれる。
だから何なのと思うが、デジタルはコピーにあふれ無料だと思っていたので
これは画期的な考え方だった。
ただオリジナルの独占証明はできても、コピーについてはなんの制約もない。
それでもこのシステムのなか、数十億円になったデジタル作品もある。
もちろんマッチポンプも可能だから、オークションと同じようにその透明性には、疑問もあるが、現代世界に認められたシステムであることが重要だ。
日本
これに、アニメ大国、コミケ大国の日本が飛びついた。しかも今やAI時代。さまざまなことが、大量に簡単に、制作でき、
しかも誰もが、安価に販売できるシステム。
有名無名は関係ない。その絵、プロフィールピクチャーが気に入れば買える値段。そのデジタルイメージを独占できるわけじゃない。デジタル上の証明書がもらえるだけ。トレーディングカードのようなものか。人気がでれば値段はうなぎのぼり。
一瞬だったけれど爆発した。
もちろん中にはとんでもない値段になることもあった。
そしてすぐにしぼんだ。
今、日本ではこのしんぼんだ状態が続いている。
コミュニティーやファンがやはり大切で、そういう人の作品は地道に売れている。
日本ばかりか、世界的に第一次ブームは終わっている。ただ、そういいながら、
BitCoinは、イーサリアムは再びもりかえしつつあり、
予想では来年再ブレークするといううわささえもある。
NFTアートといいながら
これはあくまで、暗号資産の世界で、株とおなじだ。
上がったり、下がったり、初期に始めたひとは、大儲けをしても、その後は未知であり、最後にババをひくこともある。
暗号資産じたいは、
ハイリスク、ハイリターンということは確かだ。
この世界に、イラストや絵画ではなく、
写真を撮っている僕にとって蚊帳の外、まったく興味がなかった。
今年7月
今年7月、友人であるALCMENEが、彼女の著書「250万光年から宇宙を旅した少女」という本が、アマゾンではベストセラーになったという。彼女はプロフィールは本当のことが書いてあるが、顔はだしていないという。なので顔が完全には見えない状態で撮ってほしい言った。千葉で合宿しながら撮影した。8月になり撮った写真を、NFTアートのオンラインマーケットOpenSeaにUPしたいとう。その時初めて、僕はNFTartと言うものを知った。
興味深かった。何が興味深いというのは、中間者を通さず販売できるということに尽きる。それは、アマゾンの電子書籍、kindleにも通じるものだった。ただ、アマゾンはあまりに競争が激しく、しかも構造的にアメリカ発が有利で、日本発は世界に広がらないということだった。
売れるのは、基本Howtoものだ。まあ、その話は置いといて。
NFTに惹かれた理由は、アーティストはお金をことを考えないのが美徳のように思っていたからだ。赤貧の芸術観。なんて美しい。
僕は、プロの写真家として、とてもいい時代に活動していた。
競争は激しいものの、30代ぐらいまでは、仕事はたくさんあった。40台になると少し仕事の量は減る。それは写真家に限らず、すべての職業はそういう傾向があると思う。特にフリーランスは顕著だ。サラリーマンなら、出世コースか窓際化、マイペースかな。20代は下働き、仕事のやり方を覚える時期だ。自分が何をしたいのか考える時期でもある。フリーだったら、冴えた才能か、人間関係、特に年上に好まれるタイプがいい。選ぶ方は千差万別だから何も性格が良ければいいということではない。年上に、こいつできるなと思わせることも大切だ。なによりバリバリ仕事している人間から見て、便利か才能か?で選ばれている。便利につかわれてもいい。その代わり学ぶことも多い。30代になると、仕事の発注者、現場は30代ばかりになる。同世代どうし一番仕事があるときだ。才能が有ればこの世の春だ。なくても同世代である発注者と仲良くなればいい。その時代に安住するのは危険だ。なぜならフリーで40台になると、よほどその世界でスターではない限り、売れているぐらいじゃだめだ、自分の才能をちゃんと値踏みでき、自己プロデュースできることが重要になる。僕の時代なら、請負仕事ではなく、自分でアイデア、企画を考えて出版社に持ち込む。仕事は作ることを学ばないと、THE ENDだ。その成果は50代に花開く。請負い仕事は少なくなる。なぜなら、年齢の高いベテランは使いづらいからだ。発注者は30代、40代、皆楽しく仕事をしたい。ほとんどの仕事の発注者はそうだろう。
60代は、もう定年だ。フリーは定年がなくとも、仕事の発注者は定年してしまう。年上と仕事したいやつは、よほどじゃないかぎりない。
70代になると、社会的に弱者になる。困った。
大好きな運転免許だってはく奪される可能性がある。昔だったら隠居だ。
今でも大企業に勤めていたサラリーマンだった友人たちは、優雅ではないかもしれないが、老後の生活を送っている。時々年齢に愕然とする。
そんな時にNFTartを知った。全部自分でできる。もちろん仲間や友達は大切だ。
あ、この新しいメディアは、かつて僕たち写真業界が寄生していた、出版業界のかわりになるのではないか?と。
カメラマンの90%は、出版業界にかかわって生きてきた。
それが、デジタルの発達とともに、劇的に縮小した。出版業界の中の功労者、作家と漫画家以外、不要になった。文章はだれでもかけるように、写真も誰でも撮れる。これからちょっとした文章はAIで十分だ。そんな文章を読みたい奴は減るから、わざわざ出版社、ごく一部を除いて不要になる。
小説家と漫画家がいまだに手厚く出版社がかこいこんでいるのは、彼らはコンテンツを作れるからだ。
写真家どうだ。常に、現実の何か寄生して生きていた。あらたなコンテンツは極、一部の写真家がほそぼそと制作しているが、たいていは誰かだ。人物を撮れば、人物の肖像権もある。日本では写真を撮るときに、契約書を交わすことがないので、どんなにうまく撮れても、被写体にNoと言われれば使うことができない。まあ、無料のインスタとかだったらグレーだけれど、宣伝みたいのなもので、文句は言われなくなった。
カメラマンは、出版業界の功労者だったが、結局は便利に使われただけだ。それがものすごい量だったので、豊かに暮らすことができると錯覚した。
情報ばかり印刷していた日本の出版社が、デジタル時代になり、情報が無料になった時点で分解した。日本は本といえば、雑誌のことだ。世界中、本やに雑誌が占領している国なんて、日本ぐらいだ。アメリカの本屋は、広いジャンルの写真集と書籍。雑誌はワンコーナーにあるだけだ。
写真も新しいジャンルを開拓しなくてはならない。
この10年ずっと考えてきた。

出会いがあり、暗号資産を勉強した。
結論は、長い目で見ればBITCOINは、たしかn超成長システムだということ。それはわかった。
そしてNFTアートのETHについても、成長システムだということも理解した。今は、特に日本では最低状態、「オワコン」だと言うことも知った。そして日本のNFTアートを見て驚いた。完全なデジタルコミケだからだ。
かつてイラストは、雑誌のコマや、
広告に使用されていた。
でも、皆どうやって食っているのかなと思っていた。
それクリプトアートや、なんだかんだ。
幼児から老人まで、盛り上がった。
安いから、ゲーム感覚なんだろう。
写真はいまいちピントこなかった。
でも。
でも、今回少し勉強して、NFTartは、写真みたいだと思った。
写真の価値がなかなか、ビンテージ以外、一部のファインアート以外、
価値がないのは、お手軽な複製芸術だからだ。
オリジナルのアウラのない、いくらでもプリント可能な作品。
ところが、NFTartでは、
複製できるデータは、無料だったのに、
ブロックチェーンで、唯一無二を証明する。

意味がわからなかった。しかも、そのイメージは、もう世界に拡散している。見るだけだったら、ただだ。見て終わりじゃない。自分のものにする。
すると言っても、著作権が移動するわけじゃない。アバターとしてちょこっと使えるとか、特典があるとか、会員証になるとか、野球カードやトレーディングカード?そのデータが何の役にたつの?たたない。それにうん万どこらからうん千万に?
でも、一歩ひいて考えたら、写真に使えるなと。
写真の価値を、NFTartに保証してもらう。
それならありかな。
と。
そのアイデアの元、関わろうと思った。
そしてBLOCKFOTOを思いついた。
写真価値向上委員会。
応援してください。
10月末ぐらいから、活動をします。
それまでに、これを読んだ人は
NFTartを勉強し、
僕が発売するNFTart BLOCKFOTOを買ってください。
アート心と、現代金融を学ぶ場になるでしょう。


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