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ビリー・アイリッシュの中毒性と「ささやき歌唱」、あるいは新しいものが当たり前になる瞬間

1月25日、ロサンゼルスで行われたグラミー賞でビリー・アイリッシュが主要四部門を制覇した。ちょうどその日の朝、NBAのレジェンドであるコービー・ブライアントが亡くなった。安易だけれども、新たなスターが誕生した日にかつてのスターが非業の死を遂げるというのは、時代の移り変わりを感じさせる。その一方で、あらゆる変化のサイクルが早すぎるのではないか、とも思ってしまう。

7年前から着実にポップアイコンとしての地位を築きあげ、2019年に傑作アルバム『thank,you next』を生み出したアリアナ・グランデは、ビリー・アイリッシュの勢いに負け、主要部門を一つも受賞することはできなかった。
「アリアナが獲るべきだった」とビリーはアリアナへのリスペクトを示していたけれども、実は最近のアリアナの声を張りすぎない歌い方は、ビリーの曲からの影響だったりして。

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ビリー・アイリッシュのグラミー制覇は別に革新的なことではない。という人がいる。あるいは、投票操作があったことや男女の平等が確保されていないことを明らかにされてしてしまったグラミーに意味があるのか、という人がいる。
その意見はもちろん正しいし、むしろ後者のほうは慎重に検討されるべきであろう。

しかし、いくらビリーがオーセンティックなロック/ポップスター像を引き継いでいて、古典的な権威によって時代の寵児として持ち上げられようとも、彼女の音楽のなかにある新しさを無視してはならない。
それはビリーのささやくような歌い方だ。

ビリー・アイリッシュの楽曲には様々な音楽的な要素が散りばめられ、一つのジャンルに絞れない魅力がある。一つのアルバムに入っていても、それぞれの曲の雰囲気はまったく異なる。それでも、すべての楽曲に等しくファンが熱狂できるのは、ビリーの独特の「ささやき歌唱」が徹底されているからだ。

彼女のこの歌い方は、ライブやスピーカーで聴かれることをほとんど前提とされていない。
イヤホンで聴くときにこそ、ビリーの声はより魅力的に響く。耳元でささやかれているような歌唱を聴いているうちに、音楽を聴いていないときにでも彼女の歌声がぐるぐると回るようになる。そうなったらもう中毒だ。世界中のティーン(だけではないリスナー)はストリーミングサービスで配信されたビリーの声の中毒になっているのだ。

これは、兄とともにベッドルームで音楽を作り、イヤホンでインターネットの音源を聴くことが当たり前だった世代のアーティストだからこそ生み出せた革新的な歌唱法ではないだろうか。

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部屋のなかで打ち込みソフトを使って作られた音楽たち、あるいはストリーミングサービスやサウンドクラウド、You Tubeといったプラットフォームは今までにない新しいものだとされていた。そしてそれは、ある種メジャー・シーンへのカウンターであり、オルタナティヴでもあった。
しかし、ビリー・アイリッシュが音楽シーンの頂に立ったことにより、新しかったものはスタンダードになった。

いままで新鮮だったものが当たり前になり、権威化されると、あとは古くなるのを待つだけだ。僕たちが新しい!と興奮していたものは、いつの間にか過去のものになる。
パンクも、ニューウェーブも、オルタナティヴも、ヒップホップも、そうだった。

きっとそれはビリー・アイリッシュもわかっていることだろう。そういえば彼女が授賞式で歌ったのは大ヒット曲「bad guy」ではなく、「when the party is over」というタイトルの曲だった。

(ボブ)

第42週目のテーマは『絶頂』でした。

【今週の1曲】
「New Magic Wand」タイラー・ザ・クリエイター

タイラー・ザ・クリエイターは、オルタナティヴな道からのし上がり、オルタナティヴなままグラミー賞を受賞した。権威をハックし、変えていこうとするエネルギーと意識を彼のパフォーマンスから感じ取った。

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