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Momのサプライズリリース『赤羽ピンクムーン』と渋谷Veatsで流れていた高田渡

12月25日は嬉しいサプライズリリースが多かった。Web CMで話題になったFLOWER FLOWERのyuiとodolのミソベリョウが歌う「ばらの花」と「ネイティブダンサー」のマッシュアップ楽曲のフルバージョンの配信や、ゆるふわギャングの新曲「GIFT」のリリース。香取慎吾とBiSHの楽曲とThe Nationalのライブアルバムもよかった。

こうした「クリスマスプレゼント」とも形容したくなるようなサプライズリリースが増えたのも、ストリーミングサービスが普及しカジュアルにリリースとリスニングができるようになったことの恩恵だろう。

そうしたクリスマスプレゼントのなかでも、とりわけ僕が驚いたのはMomのアルバム『赤羽ピンクムーン』であった。

全8曲入りのこのアルバムは、すべて新曲で構成されている。「赤羽駅から家に帰るまでのコンセプトアルバム」と銘打たれたこのアルバムは、すべてiPhone録音、弾き語りで作られたフォークアルバムだった。

前作『Detox』で日本語フォークのエッセンスを感じるような楽曲を作っていたとはいえ、Momが真正面からフォークソングを作ることだけでも少々驚いたのだが、一番驚いたのはMomの声と、ソングライティング、ギターの響きだ。

普段の楽曲で聴くことのできる彼の声は、軽やかで親しみやすいポップなものだった。

しかしこのアルバムでは声の倍音と粘着性がより強調され、メランコリックな響きがもたらされている。それは「ボブ・ディランの再来」と呼ばれたイギリスのジェイク・バグのようであり、Mom自身がライブの出囃子で使っているダニエル・ジョンストンのようでもある。

そしてその声で歌われる諦念に満ちたメロディと、少し憂鬱な帰路とそこで巡らされた思考を切り取った歌詞、そして少しかすれたようなギターは、完全に1970年代の日本語フォークをMomの視点からアップデートしたものであった。

このアルバムを聴き終えた時、思い出したのは高田渡の『汽車が田舎を通るそのとき』だった。

このアルバムは、高田渡がひたすら女性と楽曲の話をしながら弾き語りで歌い続けた作品だ。ここに収められた曲たちも、平易な語り口で自分自身のことと日常、そしてそこに漂う諦念を歌ったものであった。

実を言うと僕が『汽車が田舎を通るそのとき』を初めて聴いたのは、Momのライブ会場であった。

渋谷の新しいライブハウス「Veats」で行われたMomの自主企画。フローリング張りのモダンでパーティー感溢れる会場で流れていたのが、このアルバムだったのだ。

10代・20代くらいのファンたちがワクワクしながらライブを待つ姿と高田渡のメランコリックな声があまりにも不釣り合いで、なかなか可笑しかったのだけれども、『赤羽ピンクムーン』を聴くとなるほどあのアルバムを流した意図もわかるような気がした。

今年Momがリリースした作品群は、あえてネガティブな感情を表現することを思考していたように思える。

今年の5月リリースの『Detox』では自らの内面に漂うほの暗い感情を、オーセンティックなメロディとカジュアルなラップ、そしてローファイなビートやボコーダーで表現した。

そしてその半年後にリリースされたシングルの「マスク」と「ハッピーニュースペーパー」も、「無邪気なままじゃきっといられない」というフレーズに象徴されるように、世の中のほの暗い空気感と自分自身の憂鬱な内面をストレートに歌うことを試みている。

そもそも日本におけるフォークミュージックは、社会へのプロテストやその闘争の果てに生まれた行き場のない感情を代弁するものとして当時の若者たちに受け入れられた、という文脈を持っている。

そういった文脈を踏まえても、いま彼がフォークミュージックのアルバムを作る、ということは必然のように思えるのだ。

なにはともあれ、Momが2020年代の世の中へ向けて作っていく音楽が楽しみになる、そんなクリスマスだった。

(ボブ)

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