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そして時は2020。ピアスを開けるようなテンションで〜小袋成彬『Piercing』

そして時は2020 全力疾走してきたよね

小沢健二の「彗星」の歌い出しを聴いて、「いやまだ気が早いよ」なんて言ってから早2ヶ月。気がついたら2019は終わろうとしていた。

この2ヶ月間、この歌を「祝祭と肯定の歌」だと捉えて、のんきに口ずさんでいたのだけれども「今の世の中を『宇宙だよ』とか言って肯定していいのか?」という疑問があったり「『2000年代を嘘が覆い〜』って言ってるけど、2010年代もそうじゃない?」という細かいところが気になってしまい、手放しで賞賛できない自分がいた。「祝祭と肯定」だからこそ、ここまで無邪気でいいのか?と思ってしまったのである。

ただある時、「なぜ、未来である2020年のことを『してきた』と過去形で歌うんだろう」ということを考え始めると、一つの答えに気がついた。

全力疾走できるのは2020年までなのだ、と。

時は2020、全力疾走「している」でも「するよね」でもない。すでに、「してきた」という過去完了なのである。

2020以降僕たちは全力疾走できないのかもしれない。そう思うと、少し寒気がした。いや、寒気の原因はオザケンじゃない。ただの風邪だ。

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1年9ヶ月ぶりに体調を崩して寝込んだ。体温計によると39°の熱。これは誰がどう診てもインフルエンザ、という状況の中で検査キットが下した診断は「風邪」。さすがの医者も驚いていた。

とはいえ、この年末に体調を大きく崩すというのはなかなか精神的にきつい。世は忘年会シーズンで酒を飲み、自分は床に伏し薬を飲む。風邪が治ったとしても、体の調子と相談しながら酒を飲まなければいけない。考えるだけで、なんとも情けない。

そうこの時点で僕の2019は終わり。全力、疾走してきたよね。

そんなことを考えて寝込んだ翌日にリリースされたのが小袋成彬のアルバム『Piercing』だった。

このアルバムはあらゆる制約や定石、カテゴライズから自由だ。

まずトラックの構造に驚く。一曲目の「Night Out」は静かなピアノの旋律から始まったと思えば、そこに乾いたビートが重なり、ギターが重なり、何種類ものコーラスが重なる。そしてそれらのサウンドスケープは、一つ一つの要素を取り出せば、既存のアーティストの名前を挙げて「〇〇っぽい」と言えるのだが、様々な要素が緻密に合わさり合うことで真にオリジナルなものになっているように思える。

そして「Night Out」の後にシームレスに始まるのが「Night Out2」。前曲へのアンサーが綴られた曲をすぐ後ろに配置するという曲順にも唸らされるが、そのメロディが名もわからない女性たちの声で歌われるのもまたいい。

「Night Out 2」に限らず、『Piercing』のトラックには様々な「声」が録音されている。4曲目の「Bye」のメロディも名もなき男女の合唱によって歌われるし、続く「New Kids」の曲間からはなんとも不思議な会話が聴こえてくる。10曲目の「Thoji's Track」に至っては、ラッパーのThojiが33回も「I'm a Thoji」と言い続けているのだ。小袋成彬のアルバムなのに。

そんな飲み会にわらわらと人が集まってくるような、不思議な幸福感がアルバム全体には漂う。

そしてすべての曲に共通するのは「同じメロディパートを繰り返さない」という点だ。
通常の日本のポップスの定石である「(Aメロ→Bメロ→サビ)×2」という構成も存在しない。「Aメロ→Bメロ→Cメロ」というように一つのメロディパートが終わったら、また新しいメロディパートが出てくるのである。そして、一度終わったメロディパートは二度と現れない。

深く染み入るような切ない空気感が漂ったメロディのリフレインはすぐに終わり、あまりにも刹那的なのである。

そんなメロディ構成だからこそ、一つ一つのメロディラインが耳に強く残る。そして、繰り返し繰り返し聴いてしまうのだ。

そしてこの『Piecing』というアルバムタイトルの由来も素晴らしい。


小袋成彬は制約やレッテル貼りを、自分の中にある衝動に従って逃れることで、新しい音楽を生み出した。あらゆるものから自由であること、それが2020になっても新しくあるための条件なのかもしれない。

※※※

二日間部屋に篭り続けていた僕は、これを聴いた翌日に久々の散歩をしていた。
2日前39℃あった熱は35.9℃になっていた。嘘のように元気になった勢いでライブハウスに行ったら、もう30年間くらいは体調を崩さない気がした。
たぶんそんな勢いで、2020もやっていける。ピアスを開けるような衝動で楽しい方に向かっていったら、「全力疾走してきた」を「している」にできる、気がする。

(ボブ)

【第38週のテーマは『暮れの元気なご挨拶』でした】

<今日の一枚>

「10ナンバーズ・からっと」サザンオールスターズ

サザンもついにサブスクで聴ける時代に。

メジャーデビューしてスタジオに無理矢理籠らされた桑田佳祐が、半ばヤケクソ気味に作った曲たちはまとまりはないけれども、ヒリついているのにポップで、新しい。同じ曲2曲入ってたって、歌詞がなくたって、かっこよければいい。

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